「田崎は、俺が貰う」

神永はそう言った。
「ふざけんな・・・誰が渡すかよ・・・」
甘利が、拳を固めて、再び殴りかかった。
「うおおおお」
神永は腰を落として、そのまま突進した。甘利の拳をかわして、足元をタックルする。
バランスを崩して、甘利は後ろに倒れた。
倒れた衝撃で、カウンターの上にあった食器が次々と落ち、派手な音を立てて割れた。
「この・・・くそやろー!」
甘利は足元にしがみつく神永をその長い足で蹴飛ばすと、再び拳を固めて、神永に殴りかかった。

「そこまでだ!」
凛とした声が響き渡った。
俺ははっとして、入り口を見た。
いつの間にいたのか、結城さんが杖を突いて立っている。
甘利と神永も互いに顔を見合わせて、気まずそうに沈黙した。

「何の騒ぎだ・・・ここは幼稚園か、神永」
神永は視線を落とした。
「甘利」
甘利は唇をかみ締めている。
「田崎。貴様は俺と一緒に来い。話は貴様から聞く」
結城さんを誤魔化すことなど、誰にもできない。
俺は諦めて、立ち上がると、結城さんの後ろに続いた。


「すると、貴様の浮気が原因で、甘利が神永を殴ったのが最初だな」
言葉にしてみると身も蓋もない。
俺は顔が熱くなるのを感じた。
事務所には結城さんしかいないのが救いだ。

「貴様らの色恋にまでは口は出さんが、もう少しうまくやれないのか、田崎」
「面目次第もありません。俺を罰してください」
「奴らが壊した備品の分は、貴様に回しておく」
結城さんは、すっと、黒いファイルを差し出した。
「これは・・・」
「次の任務はシンガポールだ。南方の楽園で、少し頭を冷やせ」

頭から冷水を浴びた気がした。
このまま甘利と別れたら、それが永遠の別れになるかもしれない。

「出立はいつですか」
「5日後だ」
5日。
任務の準備をするくらいしか、時間は残されていない。

「愛を試したくなるのは、貴様が未熟な証拠だ」
結城さんは言った。







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