甘利を愛してるんだ。

そう口に出して言ってみて、初めて自分は本当に甘利を愛していることに気づいた。
悔しいが、そうなんだ。
失いかけて初めて、俺は甘利を失えないことに気づく。

付き合い始めて半年で、甘利ともそろそろ潮時なのかと思っていた。
俺は半年以上、誰かと続いたことはない。
大概、俺に振り回されるのに疲れ、相手の神経が病み、関係が終わる。
その繰り返しだった。
女とは違い、結婚というゴールがあるわけじゃない。
長く付き合う意味もない、と、甘利と同じ事を考えていたのに。


赴任の準備をしているうちに、期日が来た。
甘利とは、一度もまともに話せていない。軽く避けられていた。
ショックだったが、自分のしたことを考えると無理もない。
甘利を傷つけたのだ。
関係が終わる理由が欲しかったのかもしれない。
なにもないのに、突然振られるのは耐えられそうもない。

出立は明日だ。
シンガポールに行けば、いつ戻れるか、また、命の保証もなにもない。
どうにでも今夜は、甘利と話さなければ。
そう決意して、俺は甘利の部屋に向かった。

「田崎」
甘利は寝てないようだった。眼の下にクマができて、荒んだ雰囲気だ。
「・・・なんだ」

「明日、シンガポールに発つ」
「なに?・・・なんでそんな大事なこと、もっと早く・・・」
「甘利が逃げるから、話せなかったんだよ。聞いたのは5日前だ」
「迷う時間を与えないんだよ。結城さんらしいな」
いいながら、甘利はベッドに腰を下ろした。
「でも実は、俺もなんだ。3日後にロサンゼルスに向かう」
「え・・・」

「まるで懲罰人事だよな。結城さんは、俺とお前を別れさせたいんじゃないか」
甘利は自嘲する。
俺は呆然とした。
だが、こんなことは当然ありうることだ。
俺たちに約束されたのは、真っ黒な未来だけなんだから。
だが・・・。
「お前はどうなんだ。田崎」
甘利が顔を上げた。口元が強張っている。
「お前は俺と、別れるつもりなのか」
「別れる・・・つもりはないよ」
俺は、立ったまま、甘利の頭を自分の腹に押し付けた。

「ずっと、シンガポールで甘利を待ってる・・・」

これから襲ってくる未来も知らずに、俺は甘利に約束した。



---「ケルベロスの娘」に続く。---









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