「お前!やっぱり実井か!?」

仁王立ちになって俺を見下ろす青いワンピースの女、いや男が、当たり前だと言わんばかりに笑った。
そして、眉をひそめて言った。
「この人、波多野のオトモダチ?」
「あ、あぁ」
「任務中に声をかけてきたから適当にはぐらかそうと思ったんですけどね、貴方の時計や帽子を持っていたもんだから、どういうわけかと思って」
「任務中??」
「えぇ、・・・場所を変えましょうか」

俺は女のなりをした実井と一緒に、三途の川を渡ろうか悩んでいるであろう瀬尾の両腕をとって支えると、近くに停めてあるという車まで引きずっていった。
車の後部座席に瀬尾を乗せた実井は、おもむろに瀬尾の両腕を背中に回して紐で縛りだした。それから、瀬尾のポケットの中を確認する。
瀬尾の鞄は俺に投げるように寄越した。

「おい、なにしてんだ」
「オトモダチには悪いですがね、彼は疑われてるんですよ」
「な?瀬尾が?」
「ええ」
実井は運転席に乗り込むとエンジンをかけた。後部座席の俺は、身を乗り出して尋ねた。
「どういうわけだよ」

「ひと月ほど前から調査していたんですけどね、軍が満州から調達している資源をくすねている奴がいるみたいでね。タングステンやニッケルがかなりの量消えているんです。小遣い稼ぎ、ならまだいいですけどね。で、書類の改ざんができるような内部の人間にあたりをつけたんです。それでこの時間に駅で取引する可能性が出てきたんで、しばらく見張っていたんですけど、その瀬尾さん、僕に会う前に彼に接触していたんですよ」
「こいつはそんなことをするような奴じゃないぞ」
「そう思うなら、鞄の中を調べてみてください。タングステンを敵国に流していなければ放免ですよ」

俺は瀬尾の鞄を開けると、中を調べた。財布の中も、手帳に怪しいことはなかったが、このケースはなんだ??
明らかに何か大切そうなそのケースを開けると、そこには大きなサファイヤの原石が入っていた。男が鉱石を売るためのカバーとして持っていたものだろう。
「瀬尾・・・不憫な奴」
彼が買っていたのはこれじゃないだろうか。
何事も凝り性の彼だ。恐らく自分でカットまでデザインするつもりだったんだろう。
「疑いは晴れたか?」
俺は実井にサファイヤを見せ付けると、実井はつまらなそうに言った。


「わざわざ原石を買うなんて、貴方のオトモダチは変わってますね」
「貴様ほどじゃないけどな」
「僕はオトモダチじゃないですよ」
俺が舌打ちをして実井を睨みつけていると、
「・・・んんんっ!」
と、痛みに顔をしかめて瀬尾が目を覚ました。
「ここは?あれ?あやさん?」
「あや・・・」

瀬尾の呼ぶ実井の偽名に笑いがこみあげた。そういえば、名前を初めて知った。
今度はバックミラー越しに、実井が睨んできた。
瀬尾は腕を拘束されていることに気づいて戸惑いながら俺を見た。
実井は黙って首を振る。

「瀬尾さん、すまない。ちょっと聞きたいことがあるんだ。今朝瀬尾さんがこれを買った人なんだけど・・・」
「あ!それ!あやさんの!」
「あ、あぁ、それを買ったやつは知り合いか?」
「え?いや、知り合いじゃないですけど、僕がよく部品を仕入れているところに鉱石を降ろしている人ですよ」
そいつか・・・瀬尾からその仕入先を聞きだした。
瀬尾は愛しのあやさんから聞かれることに、必要以上にぺらぺらとしゃべり、その
流れでうっとりしながら呟いた。
「あぁ、やっぱり貴方は、理想のひとです・・・」


後ろ手に縛られて、何を言っているんだ。もう少し状況を理解しろよ。
「なぁ、瀬尾さん、もっと現実を見ろよ。こいつは思っているような奴じゃないぞ。こんななりをしているけど、本当は、・・・男なんだ!」
「・・・え、知らなかったんですか?波多野さん」
「へ??」
「え??」
俺と実井の間抜けな声が重なった。実井は動揺したらしく車を停めた。
女装がばれていたということほど恥ずかしいことはないからな!
「い、いつから気づいて・・・」

震えた声で問う実井。かなり珍しい。しかし、俺の声も震えた。
「おおおおお前、男だって分かっててなんで!」

「え?最初から分かってましたよぉ。あんなに繰り返し声を聴いたんですよ?女には出せません。あんな色気のある声」
なんで女装してるんですか?ご趣味ですか?と実井に問う瀬尾に、俺は問いただす。
「だってお前、スケッチブックの絵は女だっただろ!?」
「ん?確かに髪を長くしてたかな?想像なので。でも俺、女だなんていった覚えはないですけど・・・」
「・・・た、確かに」
「あの声はとても色っぽくて俺の理想で、何度も繰り返し聞くうちに、俺、男の子が好きなんだなぁってわかったんです〜。はぁ、今はこんなに世界が輝いて見えます。波多野さんのお陰です〜」
「な、な、なん、だとぉ」
俺は気が抜けたように後部座席に身を沈めた。

瀬尾の頭の中は、俺の想像の遙か上を飛んでいる。
「ねぇ瀬尾さん」
あやさんの格好のまま実井が微笑んだ。
「はい!あやさんなんでしょう!」
「まだ貴方の疑いが晴れたわけではないので貴方の部屋を捜索させてもらいますよ」
「ええ!ええ!いくらでも!」
「な!それはいらないだろ!?」
俺は瀬尾の口を塞いで実井に言ったが、慌てる俺ににっこり笑いながら実井は言った。
「だって、波多野さん。瀬尾さんのお部屋には何か面白いものがありそうなんですもの」
ひぃっ!
確かにあります!タングステンやニッケルよりも重要で、ウランやプルトニウムよりも危険なアレが!
俺は隣の瀬尾を涙目で見た。
瀬尾の目は実井を見たままとろけそうになっている。

瀬尾!助けて!
















































































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