瀬尾の暗号器を手に入れてホクホクの俺は、今日の休日を暗号器をいじるのに使うか、瀬尾の店に行くのに使うか悩んだ。
行けばまた帰りは夜になるだろう。しかし、今週女に会うと言っていた瀬尾のことが気になることは確かだ・・・。

あの女・・・本当は実井じゃないだろうな・・・。

コンコンとノックすると部屋からどうぞと声が聞こえた。
「よお」
扉を開いて実井に声をかけた。
椅子にもたれて本を読んでいた実井は、本から顔を上げてなに?というように俺を見た。
「実井、先週はどこにいた?」
「え?なぜ?寮にいたよ?」
「今日も?」
「?うん、多分ね。なにかあった?」
「・・・いや、貴様に似た奴をみかけてさ」
「ふぅん」
「いや、邪魔したな」
実井じゃない、のか?まぁ、奴が本当のことを言うとは思えないけど。

やっぱり、瀬尾の店に行こう。支度をして部屋を出ると、小田切が食堂で福本と話をしているのを見た。
「なぁ、小田切、先週は寮にいた?」
「あぁ、いたよ?どうしたんだ?」
小田切は椅子の背もたれごしに返事をしてきた。
「いや・・・他に誰かいたか?」
「ん〜先週だろう?俺と、福本と・・・結城さんと、三好と、・・・あと実井かな」
なんだか気になるメンバーだな!
だが、問題はそこじゃない!
「実井は、いたんだな?」
「あぁ、いたな」
そうか、そうなのか・・・。
俺はうんうんとうなずきながら寮を後にした。数時間後、瀬尾と女がカフェで待ち合わせをしている姿を俺はカフェの奥の席で見ていた。
しかし、近くで見ても実井に似ている。
瀬尾はまだ緊張しないように暗示をかけているが、なかなか男前な話し方で、女は終始にこにこしたままだった。
少し、見ていられない。

瀬尾が砂糖を取ろうとして女の手に触れた。その瞬間、二人で俯いて、何だかいい雰囲気だ。俺はなぜか自分の掌をぎゅっと握った。
落ち着かない。
何で俺はここにいるんだろう?
寮にいて暗号器をいじっていればよかった。
瀬尾と女は飽きもせず、駅の人込みを指差してはくだらない話をしている。何が面白いんだ。・・・むかつく。

カップに残した紅茶を飲み干した。それでも足りなくて水も飲み干した。
俺はなんでこんなにムカついているんだろう。

瀬尾の目が女の目を見つめているのが気に喰わない。
女の顔が実井にそっくりなのが気に食わない。
実井の顔で笑いかけるのが気に食わない。
瀬尾が実井の顔を好きなのが気に食わない・・・、のか?

そうこうしているうちに、瀬尾が女と席を立った。連れ立ってどこへ行くのか・・・。
女の警戒心が薄すぎて気に食わない。

瀬尾が時計を見た。それは先週俺が貸した奴よりいい時計。
早速買い揃えた小物も気に食わない。
もう俺は、友人の瀬尾をとられて腹が立つのか、実井に似た女がとられて腹が立つのか、よくわからなくなっていた。
だいたい、実井に似た女は実井ではないし、実井だったからといってなんだっていうんだ。

「あっ!」
女の靴が裏通りの段差にひっかかって女がよろけた。
咄嗟に瀬尾が女を抱きすくめた。
その途端、それまで色気を湛えて余裕ぶっていた瀬尾の顔が真っ赤になって、唇が震えだした。
(まずい!)
これは、あの時と同じだ!

「す、好きです!」
「えっ!?」
「好きです!好きです!好きです!」
瀬尾は女を力一杯抱きしめると、女の顔に手をやってキスをしようとした。
「ちょっと待て!瀬尾っ!」

ドシーン!
俺が瀬尾を止めようと駆け寄った瞬間、瀬尾は投げ飛ばされて、路地裏の歌壇の隣に転がった。
「あ、れ?」
間抜けな声をあげる俺に女が頬笑む。

「あら?見られちゃいましたね」







































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