永遠に眠らせたら、俺の貴重な休日が潰れてしまう・・・。

暗号器もほしいし、起こしてまた襲われてもかなわない・・・。
すやすや眠る瀬尾を前に、俺は頭の後ろで手を組んで考えた。
もぅ、面倒だから、暗示でもかけるか。
とりあえず、すらすら台詞がでてくりゃいいだろう。
幸い、こいつは知識だけはある。
好きな女の前でガチガチに緊張しなければ、なんとかなりそうだ。

「よし!」
俺は瀬尾を起こして、まだぼんやりする瀬尾の耳に囁いた。
暗示が上手くいくかどうかは、相手の女次第だ。しばらくして、キリッとネクタイを締めなおした瀬尾は、色気を湛えた瞳で言った。

「では、波多野さん、行って来ますね」
「おう、頑張れよ」
店を出て、東京駅に向かう瀬尾を送り出す。
そして、そのままつけていく。
瀬尾は、恥ずかしいから一人で行くと言っていたが、俺だって実井に似た女を見てみたい。
同じようにサディストだったら、瀬尾が可哀想だしな。


列車を東京駅で降りて、駅を背に少しいくと、瀬尾が言っていたとおり、すぐ近くに雰囲気のいいカフェがあった。
大きなガラス窓は、所々がステンドグラスになっているが、外の大通りを眺められるよう、視界は開けていて、その分中の客の様子もよくわかる。
瀬尾の歩き方がゆっくりになった。
俺は店からは見られないよう、向いの建物の影に隠れた。

店に入った瀬尾は、ゆっくりと窓際の席におり、空いていた席に帽子とコートをかけると、すぐ隣の席の女性に、さも今気がついたかのように話しかけた。
女が顔をあげた。
「・・・似てる!」
実井を美少女にしたようだ。あの絵もそっくりだけど、実井そのものにそっくりだ!
俺は思わず唾をごくんと飲み込んだ。
瀬尾が礼儀正しく話しかけると、女はにっこり笑って受け答えをしている。清純そうな笑顔。
あ、そういえば、瀬尾はあの喘ぎ声をこの女の声だと信じていた。誤解を解かないと、まずいな。
そう思いながらいると、瀬尾は女の席のほうにコートを移動させて相席した。

上々だ!
正直ここまでいけるとは思わなかった。暗号器は俺のものだ。

小一時間話をすると、瀬尾は女に挨拶をして店を出た。
心なしかふわふわとした足取りだ。
店から十分に離れた場所で俺は声をかけた。
「瀬尾さん」
「は、波多野さん〜!」
瀬尾は驚きながらも、ホッとした顔で駆け寄ってきた。

「聞いてくださいよ!今度二人で会ってくれるそうなんです!」
「え!本当に!?」
「はい〜!」
さっきまでの上品な物腰はすっかり消えうせて、恋する男は帰り道ずっと、馬鹿みたいにニヤニヤしながら俺にノロケ話を聞かせていた。





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