俺は、何をしているんだろう・・・。
狭くて埃っぽくて、畳のけばだらけのこの部屋で、薄汚れた座布団に正座し、何杯目かもわからない茶を飲んで、目の前の機械マニアの男の永遠に続くような妄想話を聞かされている。
俺の貴重な休日は、もうすぐ終わる・・・。


夕陽の差し込む店内を見つめる俺の眼は、今、死んでいると思う。

「声の感じから思うに、きっとこの人は恋人としばしの別れをしていたんだと思うんです!離れ離れになる恋人の心を繋ぎとめるために、清純なその身を捧げたんです!ね?そう思いませんか!?」
「はぁ」

そう思うも何も、そいつは俺が盗聴してるのをからかうために、長々と喘ぎ声を聞かせただけの変人だからな?

「それなのに、振り返りもせず去っていく恋人。いつ帰るのかさえわからない。一緒についていくといえばよかったのに、なぜ言えなかったのか、ほんとに好きだったのかと、一人悩み、自問自答する日々・・・。あ、お茶かえますね」
喘ぎ声だけで、どうやってそこまで妄想できるんだろう・・・。

茶を注がれながら、俺の頭の中では、なぜか実井が結城さんにすがり付いて泣いていた。
俺も瀬尾のせいでおかしくなったのかもしれない。

「それでですね、この人の絵を描いてみたんです!」
「絵?瀬尾さん絵が描けるんですか!?」
「お恥ずかしいですが・・・」

そういって瀬尾が見せた紙には、鉛筆で描かれた美少女の姿があった。儚げで物憂げ、キュッとしまった唇に小さめの顎、柔らかそうな唇に上品な鼻、大きな目には長い睫、神経質そうな額とそれをふんわりと覆う柔らかそうな髪の毛・・・
「う、うまい・・・!」
そして、なぜか実井に似ている!
あの声から実井の風貌を想像してここまでの絵を描くなんて、瀬尾は潜在能力が高いのではないだろうか?
(結城さんに紹介してみようかな・・・)

スパイになれなくても、いろいろと研究するのには、こんな人間が向いている様に思った。


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