一週間後、俺はまた瀬尾金物店に向かった。
バッテリーを補充したかったからだ。
録音盤は準備できなかったが、まぁ、なんとかなるだろう・・・。


引き戸を開けて、声をかけようとしたその時、突然がばぁ!と大きなものが体当たりしてきた。危うく急所めがけてけりを喰らわせるところだった。

「波多野さん波多野さんんん!待ってたよ待ってたよ〜!」
いつもの薄ぼんやりとしていた瀬尾が、こんなに力があったのかというくらいの力で、女学生のようにくるくると表情を変えて抱きついてきたのだ。

「瀬尾さん!?ど、どうしたんだよ!?」

瀬尾に引きずられ、俺は店の奥の座敷に連れてこられると、座布団に座らされ、茶を飲まされた。
「波多野さん。お願いします!」
「え、なにを?」
「この声の主は誰か教えてください!」
危うく茶を噴出すところだった。

「あれから一週間、俺、何度も何度も聞き返して、もう、寝ても覚めてもこの声のひとのことを考えてしまうんです〜!きっと素敵な人に違いないです。清純な人で、でもあんな・・・あんな熱い・・・。ねぇ、波多野さん!会いたいんです!会わせてください!」

いや、だからそれ、実井だから。男だから。って、言えないな〜・・・。
「瀬尾、さん・・・。すまん、誰とかは・・・」
「お願いします!会うだけでいいんですよ!」

「いや、だから、それ、以前泊まった宿で偶然拾った声なんだよ、だから、どこの人とかは、俺も知らないんだ」
俺が要る寮の男ですなんて絶対に言えない。
瀬尾はそれを聞くと、明らかに失望して、猫背をさらにひどくした。
「す、すまない・・・」
いろいろと。

「いえ、それならわかるわけないですね、仕方がないです・・・」
落ち込む瀬尾に良心が疼いた。

一応これでもこいつのこと、友達だと思っていたんだ。
嘘しか言えない自分に、少しだけ胸が傷んだ。
「でも・・・」
瀬尾が呟くように言った。

「俺は諦めません」



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