「よぉ」
「あ、いらっしゃい」

がらくたのような道具が積まれた薄暗い店内。奥のほうから返事があった。
ボサボサの埃の塊みたいな毛が揺れているから声を掛けてみたら、やっぱり店番の男だった。

ここは俺がときどきやってきては、盗聴やら盗撮やら、スパイ活動に使えそうな機材の部品を仕入れている店だ。
「瀬尾金物店」。

ただの金物屋だったらしいが、通信機器に興味があるここの息子が趣味でちょっと変わった部品も仕入れていて面白い。
もちろん俺がスパイ学校にいるなんて、瀬尾は知るはずもない。ひょろっとした背の高い奴だ。顔立ちはぱっとしないが、不細工なわけではないだろう。しかし、汚れた眼鏡にボサボサの髪の毛と猫背で台無しだ。
俺はレジスターの向こうの棚に箱のまま積み上げられた商品の中から、丁度さがしていた部品を見つけた。

盗撮に使える小型のレンズだ。こんなもの、俺以外の人間が買うとは到底思えないが、まぁ、売れなくても瀬尾が使うんだろう。
場合によっては製品にして売るのかもしれない。機械関係だけで言ったら、D機関にいても不思議じゃない才能だと思う。が、いろいろ問題はあるやつだ。

「瀬尾さん、こいつを見せてくれないか」

俺が目的のレンズの箱を指差すと、瀬尾はちらっと箱を見やって、へらっと笑った。
「流石だね〜、波多野さん、これ、珍しいだろう?」
そういって積み上げた箱を崩してレンズの箱を開けた。
中にはいったいどこで使うんだ?というような、小さなレンズがひとつひとつ丁寧に包まれて入っている。
「どこから仕入れたんだ?」
「まぁ、いろいろだね、そのせいで、サイズもまちまちなのが、残念だよ」
「そこがまたいいな。いくらだ?」
そういうと、瀬尾はニヤッと笑う。

「値段はまぁ、こんなもんだけどね、手間がかかっているからね、金だけじゃあね・・・」
算盤を示しながら、瀬尾の顔がにやにやしてくる。
俺ははぁ〜っとため息をついた。
そしてゴソゴソ鞄を開いて、瀬尾に録音盤を手渡した。

「これでどうだ?」
「おお〜!」

この機械マニアの男は、女性に縁がなかったせいで、妄想だけがひどく膨らんでしまい、今や普通の女性には興味をもてなくなってしまった。それよりも俺が盗聴した情事のいやらしい声を聴いて妄想するのが、一番興奮するらしい。それで俺は盗聴したものを編集しては、こいつに商品の対価として渡しているんだ。
ただ・・・

「こないだの録音盤、よかったよ〜!あんなのどこで撮ったんだい!?店まで機材を持っていったわけはないよなあ?」
興奮して話す瀬尾には絶対に言えない。
あの色っぽい喘ぎ声は、実はすぐ近くの部屋の盗聴で、しかも声の主は男だとか言う事実を。
(すまん、三好・・・)

そして、今手渡しているこの録音盤の声の主もやはり男で、逆盗聴されてからかわれた、という事実も。

(実井、お前が悪いんだからな)

瀬尾は確認のために、店の奥に行くと、数分後、顔を真っ赤にして戻ってきた。そして俺にレンズの箱を差し出して言った。
「波多野さん、これ、全部持って行っていいよ」

さすが実井だ。瀬尾はもうめろめろだ。

少し複雑な気分のまま店を後にすると、瀬尾はすぐに引戸に札をかけて鍵を閉めた。
札には「準備中」と書かれていた。














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