「気をつけろよ」
神永が手を振った。
「ああ、心配いらないよ」
少しペースが速すぎた。頭は冴えているのに、身体がだるい。
俺は神永と田崎につげて、先に寮に戻った。

食堂に入って、コップに冷たい水を注ぎ一気に飲んだ。
が、喉の渇きは癒えなかった。
もう一杯・・・コップを持ち上げると、手が滑って落としてしまった。

薄暗い食堂に音が響いて、割れたコップをぼんやり眺めた後、ふらつく身体でしゃがんでガラスを集めた。
大きい欠片は比較的集めやすい。小さな欠片に手を伸ばしたとき、俺の腕を誰かに掴まれた。
「危ないぞ。俺がするから、貴様は座っていろ」
福本が後ろから手を伸ばして言った。

「大丈夫だ、このくらい」
「酔っているじゃないか」
「酔ってない」
「いいから」
「馬鹿にするなっ」
思わず手を払って福本を突き飛ばした。
ガラスを拾っていた福本は、床に尻餅をついた。
「・・・あっ」
見ると福本の指から血が出ていた。
ドクンッと心臓が跳ねた。

どうしたらいいかな?というように、いつもの凡庸な表情で俺を見上げる福本のその手を掴むと、俺は血の出る指に吸い付いた。
「小田切っ!何を・・・」
福本がうめくように言っている。
しかし、そのまま、血のついた右手の掌も舐めていく。

「やめてくれ・・・っ」
嫌だ。聞きたくない。
口の中に福本の血の味が広がって、ブランデーでも酔えなかった頭がくらくらしてきた。
福本、俺から花の薫りはしているか・・・?

再び血が滲みだした指をうっとりと眺めて、口に入れる。
福本の長い指が奥歯に触って、申し訳ないように曲げられた。
その指先を、舌で追いかけては、無心で舐めて、吸った。
「小田切・・・」
あ、福本の声音が変わった。

指を舐めながら福本を見上げると、俺が知っているもう一人の福本が俺を見つめていた。
強いブランデーの薫りが俺を惹き付ける。
指を離すと、福本の顔を見つめながら、にじりよった。
「福本・・・お前の薫りで、・・・酔いそうだ」
「・・・っ!」
福本は俺の肩を掴むと、一層ブランデーの薫りが強い唇を俺の唇に重ねてきた。
身体中に薫りが染み渡る感覚に、俺はいつの間にか福本の腕に身を任せた。















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