「失礼します」
声がして、襖が開いた。

芸者がひとり、顔を伏せるように三つ指を突いて礼をしている。
「なんだ?頼んでないが」
結城じいさんが、首をひねると、芸者は顔を上げた。

「・・・三好か。まあ、入れ」
「はい」

三好は結城の横についた。
先ほどまで佐久間に抱かれていたのに、服装に乱れはない。
お酌をして、結城が杯を干すと、
「先ほど、ご覧になってたんでしょう?僕の位置からは見えましたよ」
と囁いた。
結城がいかつい眉をひそめて、
「貴様、俺を煽ってどうするつもりだ・・・」
と尋ねた。
「僕は、貴方の関心を引くためなら、なんだってやりますよ」
三好はずれた簪を抑えるようにして、言った。

「あの女々しい男が好きなのだろう」
「佐久間さんですか?さぁ・・・僕はお酒に呑まれる人はどうもね」
「はぐらかすな」
不機嫌に結城が言った。

「貴方こそ、はぐらかさないでください」
三好の声は大きくなった。
「僕は、貴方が好きなんです」

結城が指を鳴らすと、瞬間で三好は眠った。
結城は、膝の上の三好の白く塗った顔を見つめていた。

三好は知らない。
三好に、自分を好きになるよう暗示をかけたのは結城だということを。
ただそれは、三好にD機関を抜けさせない為の方便だった。
それがいまでは、まるで本当の気持ちであるかのように定着している。
三好の中で、愛が勝手に育ってしまったのだ。
だから今では、それが本当の気持ちだと言ってもいいほどだ・・・。

そうでなければどうして、美青年ばかりを集めた、D機関で、三好が他の青年たちに心を奪われずに、自分を想うだろうか・・・。

結城は手の甲で三好の頬に触れた。
冷たい白粉の感触。
「佐久間も気の毒にな・・・。ふん、似合ってるじゃないか・・・その格好も」

だが、俺は貴様に囚われるわけにはいかないのだ。
貴様がどんなに妖艶な姿で、俺を誘惑しようとも。

結城は自分で酌をして、その酒を飲み干し、杯を叩き割った。




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