「隣はなかなかにぎやかみたいだねぇ」
結城は変装して、<花菱>に来ていた。
「ええ、新人の芸子と舞妓がふたり、頑張っていますわ」
仲居の若い女は、そう答えた。
「ふむ、それはなかなか愉しそうだ」
結城は扇子を取り出すと、片手で器用に広げた。
「あとで呼びましょうか」
「いや、やめておこうかな、怒られるといけないから」
「怒られる?どうしてです?」
「いやいや、貴方とふたりでしっぽりと呑みたい気分なんだよ」
「まあ、社長さんったら」


「どうした、不満でもあるのか」
武藤大佐は、三好の手を握り締めながら、佐久間に尋ねた。
「いえ・・・なんでもありません」
「貴様。さてはみよしのにホノ字だな?」
「・・・・・・」
否定すればいいのに、佐久間は答えない。

「さっき会ったばかりで、それはないですよ。お殿様」
と、三好が言った。
「いやいや、この男がなかなかどうして面食いなんだ。なあ、そうだろう、佐久間」
「は・・・いや、自分は・・・」
「否定せずともよい。実は縁談があってな・・・」
縁談?三好は鋭く佐久間の横顔を見た。

「相手は女学校をでたばかりの士族のお嬢さんだ。こんないい話なのに、なぜか佐久間は乗り気ではないのだ。思うに、顔が気に入らんのだろう」
「大佐、そういうわけでは」
「佐久間はみよしのみたいに、ちょっと切れ長の目の、冷たい感じのする女子が好きなのだろう?」
「そうなのですか」
三好が尋ねた。
「・・・・・・」
佐久間は黙っている。

「佐久間はおまえがタイプだと、どうする?みよしの」
「ええ、でも、縁談があるのでしょう」
三好は片手を武藤大佐に握られている。

「この縁談を断れば、出世はないぞ。佐久間、わかってるだろうが」
「まあ、大変。お受けになればいかが?佐久間さん」
三好が言うと、佐久間はぎりっと、三好を睨んだ。
「自分は、他に好きな人がおります」
佐久間が言った。

「ほお、初耳だな。それは、して、誰だ」
「今、自分の目の前におります」
佐久間は立ち上がり、床の間に飾られていた日本刀を抜いた。


「その汚い手を離して頂こう。三好は、俺のものです」



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