<料亭花菱>。
結城がひとり、飲んでいると、障子が音もなく開いた。
黒い着物を着た芸者が、ひとり、三つ指をついている。

「呼んでいないが・・・」
「お連れの方が」
芸者はそれだけ言うと、顔を上げた。

地味な、どこといって特徴のない女だが、年は若い。18くらいだろうか。
まだ初々しさが残っていた。
「連れ?俺はひとりだが」
女は側によると、酒の入った徳利を持ち上げた。
結城が杯を持つと、たぷたぷと注ぐ。

三好が気を利かせたか。
結城は黙って杯を干した。
女はすかさずまた徳利を傾ける。
杯に酒が注がれた。透明な水面が光っている。

だいぶ飲んだ。
女は無口な性質らしく、結城が話しかけなければほとんど口を利かなかった。
だが、帰ろうとして立ち上がろうとする結城の腕を、女は不意に掴んだ。
「佐伯様」
女は結城の偽名を呼んだ。
「あちらへ」

音もなく襖が開いた。
隣の部屋には、寝床が用意されていた。
ひとつの赤い布団に、黒い枕が二つ並べられている。
結城は眉をひそめた。
「何の真似だ」
「後生です」
女は囁いた。







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