「離さないで、ください」

結城さんはそれには答えずに、僕の涙を払った。

「なぜ泣く」

「わかりません」

「泣くな」

結城さんは僕を抱きしめた。
人よりも大きな身体で。
結城さんに比べると、僕は頼りない子供みたいだ。

そうして僕は意識を飛ばした。


目を覚ましたとき、あのひとはいなかったけれど・・・。
シーツにはまだ、微かな移り香が残っていた。
僕を夜の間包んでいた香りだ。
長い夜の間。


食堂で、コーヒーを飲んでいると、事故を起こした列車の事後処理が終わり、列車が再び動き出したとの知らせがあった。
もう3日になる。そろそろだとは思っていた。
車庫に車がなかったので、結城さんがもう行ってしまったのだけは確かだった。

挨拶もしないで消えるのは、スパイの習性だろう。
そのことに不満はない。
結城さんと3日間も一緒にいられたのだって、奇跡みたいなものだ。

奇跡。

もうすぐクリスマスだ。
この休暇じみた滞在は、ちょっと早いクリスマスプレゼントみたいなものか。

次はいつ会えるのだろう・・・。

人間は貪欲だ。貪れば貪るほどに、もっと、もっとと手を伸ばしたくなる。

「ここにいたのか」
声がした。
意外な顔を見た。僕は黙ってカップを置いた。

「田崎」







inserted by FC2 system