「俺は、身体の不自由な老人だ。貴様が愛する値打ちはない」

「貴方は・・・卑怯です。僕に今更そんな・・・」
声が震えて、うまくしゃべれない。

抱いても貰えず、弄ばれた。その挙句にこれか・・・!
思いがけず、熱いものがこみあげ、頬を伝わり、シーツに落ちた。

「馬鹿か貴様・・・泣く奴があるか」
髪を漉いていた結城さんの手が頬に下りてきて、手の甲で涙を拭う。
だが、僕は自分自身を持て余して、結城さんの手を振り払い、壁に向かって身体を丸めた。

「・・・今夜はゆっくり休め。俺は貴様の部屋で寝る」
そういい残し、結城さんが出て行く気配がした。

引き止めたかったが、僕にも意地はある。
結城さんが触れた頬が熱かった。
結城さんが触れた身体は熱く、微熱を発しているようだった。

ずっと、背中を抱いていて欲しいのに。朝が来るまで。いや、朝が来ても・・・。

隣の部屋のドアが開き、閉まる音がした。
僕と結城さんは、薄い壁一枚に隔てられた。
僕は、じっと壁に耳をつけて、物音を聞き取ろうとしたが、無駄だった。
窓の外の吹雪の音がうるさすぎて、何も聞こえない。

事故は今夜起こる。

結城さんは確かにそういった。
結城さんの予言は、外れたことがない・・・。
結城さんは時々、別の天体から来た生き物だという気がする。
まさに、神か悪魔かといったところだ・・・魔王か。

いつの間にか、僕は眠りに落ちていた。

ベルリン郊外で、列車同士の衝突事故があったことを、次の日の朝刊で知った。
朝刊は雪のせいで遅延し、僕らがそれを知ったのは、昼過ぎてからだった。
復旧作業には2、3日かかるという。
僕はまた、足止めを喰らう形で、この宿に残った。

結城さんと一緒に、窓の外の雪を眺めて・・・。
結城さんは、はじめて僕を抱くみたいに、大切に僕を抱いた。

「貴様が無事でよかった・・・」
結城さんらしくない優しい言葉。
朝も昼も夜も。
結城さんはずっと僕を抱いていた。
僕はしまいには雪のように溶けてしまいそうだった。

刻を知らせる教会の鐘が鳴り響いた。
荘厳な鐘の音が響き終わる前に、僕は、結城さんの背中に黒い翼を見た。

だが、それは一瞬で消えた。
あとは世界が全て滅び去ったかのような静寂と。
見慣れた結城さんの背中だけが残された。







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