結城さんが脱いだのは、白い皮手袋だけだった。

正確に言うと、結城さんは僕を抱かなかった。
ただ、結城さんの長く繊細な右手の指だけで、僕は何度も逝かされた。
それは、陵辱といってもいいほどだ。

僕は、自分だけが逝かされたことが、ひどく屈辱だった。
なのに、結城さんは冷静で、呼吸ひとつ乱れることなく、まるでなにかの作業のように事務的に、僕を彼岸に追いやった。

僕はそんな結城さんを、少し恨んだ。


行為が終わったあと、少し掠れた声で、僕は尋ねた。
「・・・どうして、今日は泊まっていけといったのですか・・・?」
喘いだせいで、すっかり声が枯れてしまっている。

「貴様が乗るはずの列車は、ベルリンには着かないからだ」

「えっ・・・?それって、どう」

「事故は今夜起こる」

「協力者から、なにか情報があったのですか?」

結城さんはそれには答えず、僕の前髪を梳いた。

「不満そうだな」

「・・・どうして、今夜は、僕を抱かなかったんです?」

言わないつもりだったのに、本音が出た。
つい、恨みがましい口調になる。

「真木、俺を見ろ」
結城さんは、左手の袖をまくり、その精巧な義手を見せた。
義手は蝋燭の明かりに照らされて、妙になまなましく、また禍々しく映った。

「俺は、身体の不自由な老人だ。貴様が愛する値打ちはない」
あのプライドの高い結城さんからそんな言葉が出るなんて・・・。
僕は目を見開いた。

inserted by FC2 system