ドイツ。ハーメルン。

130人の子供を攫ったとかいう笛吹き男の伝説の残るこの地で、僕は結城さんに会った。
<ネズミ捕り男亭>という安ホテルだ。

僕がドイツを回って収集した全ての情報を渡した後、最近集めだしたコレクションの話をして、最後はミレーの話になったと思う。

「ミレーのオフィーリア、あれは生きているんだか、死んでいるんだか、どっちだと思いますか」
結城さんは何も答えない。ただ、考え込むように、じっと僕を見ていた。

「あ、と。もうこんな時間か」
僕は時計を見た。4時を回っている。急げばベルリンに戻る最終列車に間に合うだろう。
「いけない。しゃべりすぎましたね。もう行きます」
立ち上がり、テーブルの上の帽子を取ろうとした僕の手を、結城さんは掴んだ。
「待て。そう急ぐな」
「え、でも・・・」
僕は再び時計を見た。
「雪も降っていますし、急がないと明日には列車も止まるかも知れません」
「列車はそのうち動く。今日は泊まっていけ」
「・・・結城さん?」

意外なことを言う。僕はぽかんとなった。
いつも、報告をした後はすみやかにベルリンに戻り、次の仕事に備える。
落ち合った先で一泊するなど、経験がない。
結城さんは一体何を考えているのか・・・。

「嫌な天気だ。今夜は事故も多いだろう」
結城さんの手は、僕の手を掴んだままだ。
「事故・・・ですか」
窓の外を見ると、吹雪の一歩手前のような雪が降り続いている。

「部屋を用意させる」
結城さんは言った。

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