記憶を盗まれた?
なにを言っているんだ?

「高校の頃、親に金がなくて大学にはいけねーってんで、ぐれて悪い仲間とつるんでたんだ。ところがある日、ある人が来て、俺にチャンスをくれた」
「ある人」
「『お前は頭がいい。大学を出てビジネスをしてみろ・・・自分の力を試せ・・・』その人は耳元でそう囁いた。俺はチャンスだと思って、そのアドバイスに従った・・・まだ若くて、そいつが悪魔だってことを見抜けなかったんだ・・・」

ハーバーライトの色とりどりの光が、真島の横顔を照らしている。
夜でもサングラスを外さないその横顔には、孤独が滲んでいた。

「そいつが、記憶を盗んだのか?」


真島は背を丸めて煙草に火をつけた。
「ある日突然気づいた。その人に会う以前の記憶・・・高校に入るまでの記憶が、すっぽりと抜け落ちていることに。最初はなんかの病気かと思った。けど、違ったんだ」
真島は続けた。

「その人から接触があった。『何事も代償が必要だ』というんだ。俺は、記憶なんて大したことはないと思った。目の前に積まれた1000万。たったそれっぽっちで自分の人生を売り渡したとは気づきもせずに、嬉々として大学に通ったよ。運が開けていく感じだったな」
「でも、一体何の為に・・・」
「わからん。俺が真島として生きていくのに、俺の過去が邪魔だったのかもな」
真島は煙草を二本の指で挟み、口から煙を吐いた。

「真島って・・・偽名だったのか・・・?」
俺は幾分がっかりしながら、尋ねた。
「ああ。その人がつけたんだ。『お前は今日から真島を名乗れ』って。本名は忘れちまった。奇妙だろ?その人は本物の悪魔・・・いや、魔王か」
魔王?
その言葉がひっかかり、俺は真島を見た。
「その人・・・その人の名前は?」

「・・・ユウキ・・・というんだ・・・」
結城さん!
俺はめまいを覚えた。

「記憶を盗まれたことを後悔したことはなかったんだ。どうせくだらない、どうでもいい記憶だろうからな・・・だが、お前に会って・・・初めて俺は、自分が本当は何者なのか、どうしても知りたくなった・・・記憶を・・・取り戻したい・・・」

真島は片腕で俺を抱き寄せた。
俺たちは夜のしじまの間だけ、孤独をわけあえる・・・。




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