「え?波多野は福本さんのところにいるんですか」

実井が驚いた声を上げた。
「ああ。行くところがないっていうんでな」
「そうですか・・・行くところが・・・」
納得しかねる顔で、実井は俺を見る。

夕べのことを思い出して、俺は冷や汗をかいた。
「同じ服ですね。波多野さん。良ければ僕の服を貸しましょうか?」
「買いに行く時間がないだけだ」
「僕の服が嫌なら、適当に見繕って買って来ますよ」
いいとも嫌とも言わないのに、実井は姿を消した。

「あれは嫉妬だな」
福本が言った。
「もう自分のものじゃないとわかっていても、つい心をもたげるんだろう。わからんでもない」
「実井が俺に?」
「期待はせんことだ。実井はもう、昔の実井じゃない」
意味ありげに、福本が言った。

「はい」
紙袋を押し付けられて、俺は窒息しそうになる。
「なんだよ」
「いろいろ買っておきましたよ。心配しなくても、代金は給金から引いておきます」
実井は冷たく言った。
「これ・・・ブランド物じゃないか。高かったろ?」
「ジーンズにパーカーじゃ、どこかのTT企業みたいですからね。うちはフェイスブックじゃありませんから」
着てみると、丈はぴったりだった。
「おや、馬子にも衣装ですね。よくお似合いですよ、波多野さん」
実井が褒めた。
ブランドのスーツか。身体にフィットする服は、昔はなかったな。皆だぼだぼのスーツを着ていた。三つ揃いの。
「ありが」
「福本には気をつけてください。波多野さん」
実井は囁いた。
「彼はもう昔の彼ではありませんよ」

どこかで聞いたようなセリフを、実井は呟いた。





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