波多野が撃った。
弾は右の耳をわずかに掠り、闇の中に消えた。
「なるほど。腕は確かなようですね」
「貴様は俺を怒らせた」
「なぜ?森島君にキスしたからですか」
「黙れ」
「先ほどのキスは、とてもよかった」
「なんだと?」
波多野の顔が嫉妬で曇った。
一瞬の隙があった。
俺は咄嗟に、背後にいた森島を抱き寄せ、その脳にピストルを当てた。
「ピストルを捨てなさい」
躊躇なく殺せ、潔く死ね。それが風機関だ。
スパイとは所詮汚れ仕事。汚いほうが勝つ。
究極には殺せない人間と、殺すのを迷わない人間とでは、最初から勝負は見えている。
「森島君、残念です。私は君が結構好きだったんだが」
耳元で囁いた。
銃声が鳴り響いた。同時に2発。
倒れたのは森島だった。
右手が熱い。ピストルは弾き飛ばされて、右手からおびただしい血が流れていた。
「次は足を撃つ」
冷酷な声。
「貴様はなにもわかっていない。不可抗力の事故は、起こるものなんだ」
再び、銃声が鳴り響いた。
「ぐあっ」
俺は左足を抱え、地面に転げまわった。
「森島。聞こえるか」
波多野は血に塗れた森島の身体を抱え上げた。
「帰ろう」
波多野は森島を車に乗せると、自分も運転席に乗り込んだ。
ふたりが立ち去ったあと、俺はひとり、崖の上に残された。
崖の下では激しい波が押し寄せている。
まるで手招きするように、何度でも、何度でも・・・。
俺は身を投げたくなる衝動をぐっとこらえ、いつまでも地面に横たわっていた。
終