「耳を切る?」

森島は、一瞬沈黙し、それから不意ににやりと笑った。
なんだ?
俺は嫌なものを感じて、身体を起こした。
先ほどまでのか弱い森島の仮面を脱ぎ捨てて、どうやら森島の本性が顔を出したようだ。
言うまでもなく、こっちが本当の顔なのだろう。

「ヤクザまがいの脅迫で僕を脅して、何か得るものがありますか?」
「それが・・・君の本当の顔か」
俺は手を伸ばして、森島の眼鏡を外した。

吸い込まれそうな、つぶらな瞳が俺を映している。
淡く、薄茶色の瞳が、熱を帯びて潤んでいるように見える。
赤い、花弁のような唇が、俺を誘っているように少し開いた。

「君は一体・・・何者なんだ」
「それを調べるのが、貴方の仕事でしょう?」
森島は手を伸ばして、俺の首の後ろを掴んだ。
森島の小さな顔が近づいてきて、あっと思ううちに、唇を合わせた。

俺はされるがままに任せ、森島の身体をまさぐった。
森島の身体は、華奢な割りに筋肉質だ。異様なくらいに鍛えられている・・・。
俺は咄嗟に森島を押しやり、唇を拭った。

「・・・学生の身体じゃない。貴様、軍人だな?」
「・・・折角いいところだったのに、途中で止めるなんて、貴方も意外に男らしくないひとですね」
嘲笑うように森島は言った。
「誤魔化すな。貴様、一体・・・」
「貴方が思うとおりですよ」
くすくすと森島は笑った。
禍々しい笑い方だ。少々気でも触れた感じの。
もしかしてこの男は、とんでもない食わせ者なんじゃないだろうか。
俺が不安になったとき、

「D機関」
背後から声がした。
「波多野、今頃来たって遅いですよ」
「うるさい!出るタイミングを計ってたんだ」
森島と、波多野と呼ばれた男は軽口を叩きあい、俺が振り向くと、銃口が俺を狙っていた。
「D機関だと?」


「貴様、よくも・・・!」
波多野は拳銃を構えたまま、心底悔しそうに口を曲げている。
あー、こりゃ、ホの字だね。
「待ってくれ、これは誤解だ。誘ったのは彼のほうで・・・」
「問答無用だ。羊を数えろ。貴様の右耳から飛ばしてやる」
えっ?そこから聞いてたのか・・・。
随分身を潜めていたんだな。
さては、覗き趣味?

俺は両手を上げながら、後部座席から降りた。
「待ってくれ。本当に誤解なんだ」
「言いぬけられると思うのか?会話なら最初から聞いていたぞ」
「それならどうして早く助けてくれなかったんですか」
降りてきた森島が口を挟んだ。
「うるさいな。貴様の出方を見てたんだ、俺は」
変わった趣味だな。
どうやら、できてるというよりは、波多野の片思いらしい。

「私を撃つんですか?D機関て確か、<死ぬな、殺すな>がモットーでしょう?」

「貴様の耳を飛ばしたって苦情は来ねえよ」
波多野、というチビっこいガキは、そう言い返した。













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