日本人村は広大だった。

労働者の入れ替わりも激しく、名簿すらまともなのはないらしい。
だが、スパイである甘利が紛れ込むのもたやすいということになる。
田崎は辛抱強く、甘利を訪ね歩いた。

無駄に月日が流れた。
田崎がハワイに来てから、3ヶ月が過ぎた。
常夏のハワイだが、日本でいえば季節はもう冬だ。

田崎は、新聞の暗号で、真木克彦・・・三好がベルリンの列車事故で死んだことを知った。


田崎は椰子の木の並ぶ浜辺にいた。夕暮れだった。
何気なく海のほうを見ていると、幼い女の子が黒い犬と戯れている。

三好が死んだ。
誰に見取られることもなく。
それがスパイの最期だといえば、そうなのだろうが・・・。

虚しさが田崎を襲った。

「真っ黒な孤独・・・か」
いつか三好が話していた、あの孤独の中で、三好は死んだのだ。


突然、黒い犬が走り寄ってきた。

「フラテ!だめよ!」

フラテ・・・、田崎ははっとして、顔をあげた。
犬は田崎に飛びつき、嬉しそうに顔を舐めた。
幼女が追いかけてきて、困ったように立ちすくんでいる。

「君が・・・エマかい?」
田崎が名前を呼ぶと、幼女は驚いたように蒼い目を丸くして、
「そうよ!あたしエマ。どうしてわかったの?」
そう答えた。


田崎は砂から立ち上がり、辺りを見回した。
夕暮れの浜辺を向こうから、長い影がやってくる。


日に焼けて、体つきも逞しく変化していたものの、その顔は懐かしい・・・。
「・・・どうして・・・」
甘利だ。
驚きのあまり声が掠れた。

「・・・探した・・・」
やっとのことでそれだけ言うと、田崎は甘利の胸に飛び込んだ。

太陽は今にも海に沈みこもうとしていた。
オレンジ色の波が寄せては返し、二人の足元を濡らした。
二つの影は一つになり、やがて夕闇に溶けていった。















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