「なんだあれは。くそっ」

甘利は腹立ち紛れに、小石を拾うと川に放り投げた。
田崎は子犬のような目で福本に助けを求めた。
甘えて、いるのだ。
頼り切っている、といってもいい。
福本も満更でもなさそうだった。

思えば、小田切、福本、田崎は、D機関の中でも仲が良かった。
無口、という共通点と、オトナであること。それが彼らを結び付けていた。
3人は絶妙なバランスを保っていたように見えた。
甘利はひそかに、小田切と福本はできてるんじゃないかと思ってたくらいだ。
だが、ある事件の後で、その小田切が欠けた。
カードの家が崩れるように、バランスは崩れた・・・。

甘利はもうひとつ小石を拾うと、川に投げ込んだ。
小石は3回ほど水面を跳ねながら、最期には川に沈んだ。

もし、このまま記憶が戻らなければ、田崎の中に俺が入り込む余地はない。
ゆっくりと記憶を取り戻してもらう計画だったが、そうこうしているうちに、福本が奴の心に入り込んでいる。
甘利は焦りを感じた。
このままでは自分は忘れ去られてしまう。
田崎の怯えたような顔。腹立たしい。

「無理にでも思い出させてやるぜ・・・」
甘利は立ち上がると、右肩を回しながら、川べりを後にした。


夜。
病室の扉が開いて、誰かが入ってきた。
田崎はライトをつけようと、身体を伸ばした。
その身体を、男は取り押さえ、声を立てないように手のひらで口を塞いだ。
「おっと、声は立てるなよ。俺だ」
甘利さん?
田崎は怪訝そうなまなざしを向けた。

こんな時間に、電気もつけないで、一体何の用事だろう。

「思い出すのを手伝ってやるよ。俺ももう待てない」
甘い声でそう囁くと、甘利は耳たぶを噛んだ。
「福本なんかに甘えた罰だ」

酒臭い。
田崎は甘利がかなり酔っているのを感じた。
そして、これが冗談ではないことも・・・。

「痛っ!」
田崎は甘利の手に思い切り噛み付いて、その手を逃れた。
病人と思えない俊敏さで、ひらりとベッドから降り立つと、甘利の目の前に二本の指を突き出して、
「それ以上からかうなら、貴方の目を潰す」
冷酷に言い放った。

「潰せよ」
「なに」
「お前にはできない」
田崎の指を掴んで、甘利は前に進み出た。

カーテンから漏れてくる月の光が、甘利の顔を浮かびあげる。
それは端正で、自信に満ちていて、獰猛な野生動物のように美しかった。

「俺にはできない・・・だと?」
「なぜなら」
甘利は田崎の身体を子供のように抱きとめた。

「お前は俺を愛しているから・・・」







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