「相変わらずカード捌きがうまいな」
「俺が操っているのはカードじゃない、お前の心さ」

今思えば、田崎特有の単なる軽口だった。
そう思うのだが、あの瞬間以来、俺は田崎を心に留めるようになった。
何者にも囚われない風のような心の持ち主。
そんなふうに奴のことを思っていたのだが。

任務を放棄して、ハワイに潜伏していた甘利を迎えに行った筈の田崎は、そこで甘利と1年も暮らしていた。
とんだアダムとイヴだ。
そのこと自体に裏切られたような腹立たしさを覚えた。

だが、日本軍の攻撃に遭い、田崎は記憶を失った。
連れて帰る船の中でも、何も覚えていないらしく、不安げで、頼りなく見えるその横顔は幼いほどだった。

東京に着くと、甘利の連れていた娘は、母親と再会した。

めでたしめでたしと言いたいところだが、日本の戦況は日に日に悪化していくのが、肌で感じられる。

田崎の容態はいっこうに芳しくなかった。
「・・・俺は・・・」
「無理に思い出さなくていい」
「すまない。福本さん」
福本さんときたか。

甘利もたまにはやってきた。

毎日見舞いたいのだろうが、結城さんにペナルティを課されていて、宿題をこなすのに必死らしい。

「・・・よぉ、福本。悪いな」
「貴様に謝られる筋合いはない」
「そうかもしれねーけど・・・」

甘利は当然のように田崎のベッドの横に座り、
「何か思い出したか?俺のことは?」
と尋ねた。
「おい、貴様、田崎はまだ・・・」

「すみません。俺、皆さんのことは何も覚えていないんです・・・自分のことさえ・・・」
田崎は助けを求めるように俺を見る。
俺が毎日世話するうちに、すっかり俺に懐いている。

その様子を見ると、甘利はいきなりたちあがり、帽子を手に取った。
「あぁ、そうかよ。悪かったな、焦らせちまって・・・帰るわ」
憮然として帰っていった。

「何を怒ってるんでしょうか?」
「さあね・・・」
わかりやすい奴だ。
ハワイで単純労働に慣れるうちに、頭の中まで筋肉になったらしい。

俺は俺で、田崎を支配できるこの状態が居心地よくなっている。
「無理に思い出さなくていい」
その言葉は自分のためかもしれなかった。

自信家の田崎が、自分のことも忘れてしょんぼりと耳を垂れている様子は、可愛いといえなくもない。
俺はこの時が永遠に続けばいいと思っている・・・。

「甘利さんといると、凄く緊張するんですよね」
田崎がのんびりといった。
「いきなり殴られそうな気がするんですよ・・・変ですか?」

「俺がそんなマネはさせないよ」
俺は厳かに言った。












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