「オサム・ウツミ」
冷徹な声が響いた。

「貴様、白人の子供を連れていたな?誘拐したのか」

「違う・・・」

「移民に紛れて働いていたようだが、貴様は豪華客船に乗って来たそうじゃないか?随分おかしな話だ。日本人の貴様が豪華客船に乗れるのも不思議なら、ハワイに着いた途端金が尽きたのかね?移民に紛れてサトウキビを刈るとはね」

「エミリーはどこだ・・・」
そういった途端、甘利は頭を机に叩きつけられた。

「貴様、質問しているのは私だよ。貴様はそれに答える。シンプルにいこうじゃないか。貴様の娘は、<パパとはお船で知り合った>と言っているんだ。<ママとはそこで別れた>と。遠くの国にお仕事に行ったそうだ。もう一度聞く、エミリーを誘拐したのかね」
「エミリーは俺の娘だ・・・」

「強情だな。どうせいかがわしい目的で娘を攫ったのだろう。身の程知らずにもほどがある・・・」
男は眩しいライトを甘利に当てながら、囁くように言った。

「正直に答えたほうが身のためだぞ。ただでさえ・・・貴様を取り押さえるのに、10人の兵隊が蹴散らされたそうじゃないか。民間人にはできない芸当だ・・・髪を伸ばして日雇い労働者を装ってはいるが、その顔はどうしてどうして、日焼けさえしていなければ、上流階級の貴族といっても通る顔立ちだ。男前を鼻にかけるのはよすがいい、明日には二目と見られぬほど醜く変わり果てるというのも、ここらじゃよくある話だからな・・・」

「おいおい、顔だけはよしてくれよ。恋人に振られたくないんでね」

「軽口を聞く元気があるとはたいしたものだ。己の状況を理解していないのか・・・」

男は笑ったようだったが、その顔は陰になっている。

「貴様の恋人とは、あの道端で犬のように死んだ男のことか?豚みたいに血を流して、蹴飛ばされ、つばを吐きかけられていた、あの男のことか?あの男ならいまごろ死体袋の中で冷たくなっているだろうよ・・・それとも道端で燃やされたかも知れんな。貴様の国では死者は燃やすそうじゃないか?野蛮な風習だと思っていたが、戦時にはうってつけだ。墓を掘る手間も省けるしな」

「・・・貴様・・・」
田崎のことを思い出すと気が狂いそうだった。
田崎はあのまま死んだのだろうか?
そう思うと、心が冷えて、手足の感覚がなくなるような気がした。

「貴様がただの誘拐犯なら尋問など無用だ。銃殺刑にすれば済む。だが、万が一貴様が・・・軍人、あるいはスパイだった場合」
男の手が伸びてきて、甘利の頬を撫ぜた。
「我々にとっては屈辱を晴らす絶好の機会を与えられたということになる」

優しく、穏やかな言葉の裏に、とてつもなく冷酷な響きがあった。


「拷問など畏れることはない」
と結城さんは言っていた。
「なぜなら人間が感じる痛みには限度があるからだ・・・」

結城さんは身体を不自由にされはしたが、生きて日本に帰国した。
彼にできて、自分に出来ないということはないだろう・・・。
諦めるな・・・。

「意識を多層化しろ・・・与えていい情報は表層に、与えるべきでない情報は深層に蓄えるのだ・・・」

耳元に魔王の声をはっきりと聞きながら、甘利は小さく頷いた。





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