目が覚めると、白い天井が目に映った。
強い、消毒薬のにおいが鼻を刺す。

「目が覚めたか」
穏やかな声。

「甘利は連れて行かれたよ。アメリカ軍は、日本の攻撃を受けて、迅速に日本人を捕らえては、強制収容所に入れているらしい。貴様が助かったのは、死んだと思われたからだ」
帽子の男は、壁にもたれたまま、独り言のように続けた。

「俺が貴様に、奴の情報をリークしたのは、貴様なら確実に奴を日本に帰国させるはずだと踏んだからだ。読みが外れたよ、正直、意外だった。貴様が奴と・・・こんなところで暮らしているとはね・・・人生何が起こるかわからんな・・・」

男は帽子を脱いだ。

「俺は何が何でも貴様だけは帰国させる。ここへもいつ手入れが入るかわかったもんじゃないからな。無理をさせるようだが、我慢してくれ」

「・・・君は一体誰なんだ?」
「おい、冗談だろう?俺を忘れたというのか」
「知らない・・・君の事なんか・・・俺は・・・俺は・・・」
田崎は頭を抱えた。

「俺は一体・・・誰なんだ?」


オアフ島の日系人収容所に、甘利は監禁されていた。
あの爆撃の後、田崎を背負って病院へ連れて行こうとしていた甘利は、ホノルルで大勢の軍隊に囲まれて、逮捕された。
エマも一緒にいたが、エマは白人である為、すぐに引き離された。
どこへ連れて行かれたのかわからない。

抵抗した甘利は、袋叩きにされて、手錠をかけられ、意識を失った。
血だらけの田崎は道路に放置され、米兵に蹴飛ばされ、つばを吐きかけられた。

そして、気づいてみると、狭く汚い汚水の匂いの垂れ込める部屋に監禁されていた。
日が差さないので、今が何時なのかもわからない。時計はなくなっていた。
失態だ、と甘利は思った。
空にゼロ戦が展開するのを見て、当然こうなることは予期すべきだった。
田崎とエマを安全な場所に隠し・・・安全・・・安全な場所・・・。


楽園のように思っていた。
農作業は厳しかったが、エマと田崎と3人で暮らす常夏のハワイ。
ここに隠れている間に、戦争も、暴力も、遠く離れて・・・。
田崎は日本に帰りたがっていたが、日本へ帰れば田崎も自分も自由ではなくなる。
再びスパイとして、死地へ赴かねばならない。
一緒にいられたのは奇跡だった。
奇跡・・・。

甘利は拳で壁を叩いた。
D機関にいれば、日本軍がハワイを奇襲することくらいわかっていたはずだ。
自分は、田崎とエマを護る立場にありながら、その実、もっとも危険な場所に二人を導いたのだ。
日米開戦。それは時間の問題だったはずではないか。
イギリスもフランスも、アメリカを巻き込みたくてうずうずしていたのだ。
そのきっかけは、日本に求められた。それだけの話だ。

とうとう、畏れていたことが起こってしまった。
自分たちが集めた情報、その意味が、全て失われるような非常事態。
「戦争・・・」

任務で世界中を飛びまわっていた甘利にはわかっていた。
日本は極東の後進国に過ぎない。
勝てる見込みは万にひとつもないのだ・・・。

自分たちがポーカーに招かれてさえいないのを知らないのだ。
いや、ポーカーじゃない、これは<ジョーカー・ゲーム>なのだ・・・。

「何があっても生きのびろ」
結城中佐の声が聞こえたような気がした。


















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