3人で暮らし始めてから、一年が過ぎた。
甘利がサトウキビ畑やパイナップル畑で働いている昼間は、田崎がエマの世話をして、夜は田崎はホテルのバーテンをして、生計を立てた。
バーテンという職業に、甘利はいい顔をしなかったが、田崎に肉体労働をさせるわけにはいかない。
たまに、田崎の服にキスマークを発見し、口論になるくらいで、あとは穏やかな日が過ぎた。

久しぶりに3人で出かけよう、そう言い出したのは甘利だった。
「運がよければ、空母が見れるかもしれないぞ」
「エマは女の子だよ?空母には興味がないよ」
「そんなことはない。エマはでっかい船が好きなんだ」

日が昇る前に出発し、小型トラックで海に向かった。

「お船がいっぱいだね」
エマはご機嫌だった。
「日曜日だから演習も休みだろう」
運転席の甘利は言い、輝き始めた太陽を眩しそうに眺めた。

「ここにいると、どこか遠くで戦争してるなんて嘘みたいだね。この平和で穏やかな時が、ずっと続くといいけれど」

田崎が呟いた。
「ここは楽園なのさ」
と甘利が言った。

「楽園・・・なんか光った」

「なに?」
「ほら、雲と雲の間」
「演習でもしてるのかな。アメリカ機だろう」
「違うよ・・・あれは・・・日の丸だ」
次の瞬間、雲の間から黒いものが落ちてくるのが見えた。
爆音がした。格納庫らしき倉庫から火の手が上がり、爆発した。
「甘利!」
「日本軍だと・・・?馬鹿な」
急ハンドルを切り、甘利は車をUターンさせた。

「空母だ。空母を狙ってるんだ!」
「逃げるぞ。捕まれ」

だが、ホノルルへ向かう途中の赤い橋のところで、車は大渋滞になっていた。
「このままじゃ、危ない。車を捨てて逃げよう」
田崎が言った。
「逃げるって、どこへ行くんだよ」
「エマを安全なところへ」
田崎はエマを抱えて道路へ飛び出した。
「エマ!」
甘利は慌ててエンジンを切ると、車を飛び降りて、後を追った。
「待てよ!危ない!」

空が光った。
爆弾が落ちてきて、渋滞している列の車が吹き飛んだ。
甘利の目の前から田崎とエマの姿が消えた。

「エマ!」
もうもうと煙が上がる。甘利は両腕で顔を覆いながら、必死で田崎とエマの姿を探した。
「田崎!・・・」
100メートルほど先の道路に、田崎のシャツらしいオレンジ色が見えた。
近寄って這い蹲ってみると、それは確かに田崎だった。
エマを抱えたまま、頭から血を流して、田崎は倒れていた。

「パパ・・・」
エマは驚きに目を見開いたまま、そう呟いた。
「エマ・・・無事か?」
甘利はエマを抱き取った。どこも異常はなかったが、今にも泣き出しそうだった。
「おじさんが・・・おじさんが・・・」

「田崎・・・まじかよ・・・」
甘利は呆然と立ち尽くした。


後にこの日は、「アメリカの、もっとも恥辱に塗れた日」として記憶されることになる。






















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