佐伯が再び集会に出かけたのは、次の土曜だった。
渋る佐伯を説得し、僕はまた集会に顔を出した。
とりあえず入隊の歓迎は受けたんだ。参加して悪いはずがない。
そう思っていると、

「こないだはいい飲みっぷりだったな、坊や」
バーテンが声をかけてきた。
「どうも」
「勘違いするなよ。ヘルムートは昔からサエキに御執心だ。サエキがお前さんを連れて現れたから、焦ったのさ」
そうだったのか。
確かに、ヘルムートの歓迎はわざとらしく、心がこもっていなかった気がする。
僕に嫉妬していたとはね・・・。
だが、そんなに佐伯にお熱なわりには、いまだにいい友人を演じているなんて、ヘルムートも案外純情なんだな。
もっとも、革命家なんて純粋な人間にしかやれない芸当かもしれないが。
そう思っていると、

「ちくったな、バイロン。俺がサエキを気に入ってるのは、顔がいいからじゃない。先を見通す能力がずば抜けているからだ」
ヘルムートだ。
腰に手を当てて、仁王立ちになっている。
「あんまり入れ込むなよ。ただでさえ風当たりはきついんだ」
バーテンは答えた。
「わかっている・・・この坊やにはミルクをやってくれ」

目の前にミルクが置かれた。
どうしてもからかいたいらしい。
欧米人の目には、今の僕は子供にしか見えないのだろう。
「どうせ、ウオッカいりなんでしょう?」
僕が皮肉をいうと、
「言うじゃないか、マキ」
ヘルムートは僕の前髪をぐしゃぐしゃに混ぜた。

「おい。マキに触るな」
佐伯だ。黒い影のように景色に溶け込んでいたが、姿を現した。
「見ていたのか。過保護だな」
からかう口ぶりで、ヘルムートが言った。
あっ。
僕は思わず口を押さえた。
軽い、佐伯の性格。おそらく、ヘルムートをコピーしているのだ。
その証拠に、ふたりはよく似ている。
どこかぼんやりとした、夢見がちな顔つきも。


「<魔術師>の行方はどうだ?見つかったか」
佐伯が尋ねた。
「まだだ。これだけ手を尽くしても見つからないところを見ると、ベルリンにはいないのだろう」
「そうかもしれないね」
佐伯はもっともらしく頷いた。


明け方。アパートに戻ると、僕は言った。
「あれは、どういうことなんですか?」
「なにが?」
「<魔術師>は、佐伯さん、貴方のことだ」

僕はその時の、佐伯の表情を、忘れることができなかった。
それまでの薄い印象の仮面を拭い去り、そこにはふてぶてしい、佐伯の倣岸ともよべるような表情が刻まれていた。




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