翌日はひどい二日酔いだった。

起きたのは昼前で、窓の外を見ると、太陽は真上に上がっていた。

「気分はどうだ?夕べ、ヘンな寝言を言ってたな」
「寝言、ですか」
僕はどきりとした。
「僕が結城さんになるだの、試練があるだの、君が22年後からやってきた未来人だのといった」
なんだ、起きていたのか。
そういえば、結城さんはひどい地獄耳なのだった。

「信じられませんよね、こんな話」
俯きながら言うと、
「タイムとラベルというのは小説なんかにはあるが、幻想だろう。君が本当に未来から来たなら、革命が成功するかもわかるだろう。どうなんだい?」
「革命は成功します。11月にキール軍港で水平の反乱があって、ヴィルヘルム2世はオランダに亡命します。この国は共和制になる。一時的ですが」
「ふうん?作り話にしてはなかなか面白いな」
黒パンを口に運びながら、佐伯は尋ねた。

「一時的とはどういうことだ?また王政に戻るのか」
「1930年代に入ると、ヒトラーという男が率いる国家社会主義独逸労働者党が政権をとります。これが独裁体制を敷く」
「なるほど、ヘルムートが理想とする共和制は長続きしないんだな・・・ありそうなことだ」

「ヒトラーの党は、もともとは国粋的な右翼秘密結社トゥーレ協会の流れを汲む独逸労働者党です。一般にはナチスという名前で知られていますが、まだ存在しません。来年か、再来年あたりに改名したはずです」

「独逸労働者党か。あそこはまだまだ弱小な、右翼団体だ。革命勢力は共産主義がかっているからな。ロシア革命の影響もあって、資金繰りもよく、今はあそこが一番元気なんだ」
そういいながら、佐伯は黒パンを食べるのを止め、少し考える眼になった。

「11月のキールの反乱は、まだヘルムートたちが画策している段階だ。それを君が知っているのは確かにおかしい。それに君の知識も、一介の学生のものとは違うようだ・・・」
「僕は、嘘は言っていません」
「じゃあ聞くが、ある試練とはなんのことだ?」

あのことを話すべきか。
僕は躊躇った。
「なんだ、言えないのか?」
話せば、歴史が変わるかもしれない。
だが、同時に佐伯は、いまある五体満足な美しい身体を失わずに済むのかもしれなかった。
拷問で左腕を失い、その復讐をするがごとく、結城さんはD機関を立ち上げた。
もし、左腕を失わず、帰国できていたらどうだろう。
D機関は、存在しないかもしれない。

つまり、僕と結城さんが出会うことはないということだ。

D機関員にならない自分など、想像もつかない退屈な人生を送ることになる。
結城さんのいない人生に、意味なんかあるはずがない・・・。
たとえ、28のみそらで無残に散ったとしても。

「どうやら理由がありそうだな」
佐伯は言った。
「君の話を信じ始めている、僕自身どうかしているのだろう・・・」













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