あれ、なんだこれ。
飲み終わった後、ふわふわと地面が揺れ始めた。

「マキ、いい飲みっぷりだ」
ヘルムートが僕の身体に腕を回した。
そうして、支えられていないと、腰が抜けそうだ。
「ヘルムート、手を離せ。僕が面倒を見る」
佐伯の声がする。

「酒を飲むなといったろう?さっきのは、ビールじゃない。半分以上ウオッカだ。胃の腑が焼けるぞ」
どうりで、味が変だと思った。
ヘルムートから奪い取るように、僕は佐伯に抱えあげられた。
「焼きもち焼きの兄さんだな」
ヘルムートの声。
「ひとつ借りにしておくよ。道を開けてくれ」

カウンターの隅の席に、僕は座らされた。
「気分が悪くなったら言ってくれ。外に連れて行くから」
そう佐伯が囁いたとき、集会が始まった。

「ヴィルヘルム2世を倒せ!」
「革命万歳!」
怒号のような声の渦。
それは蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
「諸君、聞いてくれ」
穏やかな声は、ヘルムートだ。
「戦況は悪化し、同胞たちは家に帰れず、死地を彷徨っている。そんな中で、ロシアでは革命が成功した・・・。共産主義者のレーニンにできたことが、優れた独逸民族の俺たちにできないだろうか?」

「できる!」
「やれるはずだ!」

「・・・ありがとう。諸君。ヴィルヘルム2世の退位は目前に迫っている。俺たちは、なんとしても革命をこの独逸で成功させ、世界に革命を輸出するんだ。そうすれば、全ての人が幸福で、平等な世界が、新世界が訪れるだろう!」

「そうだ!」
「そのとおりだ!」

合いの手を入れているのは、あらかじめ打ち合わせ済みの仲間だろう。
1918年といえば、確か独逸革命が成功した年だ。
その立役者が、ここにいる労働者たちなのか・・・。もっとも、ヘルムートは随分貴族的な顔立ちをしていたけれど。

なかなか興味深い集会だが、いかんせん気分が悪い。吐きそうだ・・・。
「出よう」
佐伯が囁いた。

不本意だったが、建物の外へ出た、街灯の影で、僕は戻した。
慣れているのか、別段嫌そうな顔もせず、佐伯は僕の背をさすってくれた。
「大丈夫か?無茶をするから・・・」

結城さんだったら、言わないような優しい言葉をかけてくれる。
そうだ。冷徹に見えて、結城さんは本当は優しい人だった。
僕は佐伯の手のひらに、結城さんを感じ、思わず涙ぐんだ。





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