長く、穏やかなキスだった。
佐伯は僕をベッドに押し倒したまま、何度も僕の唇をついばんだ。
「・・・はぁ・・・」
息苦しくなり、僕が喘ぐと、静かに顔を離した。

え?
キスだけ?

「君は危険だな。危うく理性を手放すところだった。・・・悪いが、時間だ。もう行かねばならん」
「そんな・・・」
こんな状態で置いていかれたら気が狂う。
「服を着ろ。集会に君も連れて行ってやるよ」

誘惑には失敗したが、まあ、仕方ない。
相手はただの男じゃない。あの結城さんなのだ。
そう自分に言い聞かせて。
僕は干されていた自分の服を着ると、佐伯について部屋を出た。


集会所は、ベルリンの町外れの地下のバーだった。
「帽子で顔を隠していろ。未成年だとばれるとまずいからね。勧められても酒は呑むなよ」
佐伯に言われて、僕は帽子を被りなおした。

「サエキ。妙な連れだな」
男が声をかけてきた。金髪碧眼の美しい男だ。ドイツ人だろう。
長髪を後ろでまとめている。

「弟だ。人間は多いほうがいいだろう?ヘルムート」
佐伯が答える。
「よく顔を見せろ・・・・まだガキじゃないか」
「3〜4年たてば、いい兵隊になる」
「3〜4年?悪いが、俺たちはそんなに待てない」
ヘルムートと呼ばれた男は、ニヤリと笑うと、

「弟ね。にしては似てないな。随分ミステリアスな顔をしている」
「色気をだすなよ、ヘルムート。こいつはまだガキなんだ」
「連れてきたのはお前だろう?好きにするさ。名前はなんという」
「真木」
咄嗟に偽名がでた。
佐伯はちょっと僕を見たが、何も言わなかった。
「マキ、か。いい名前だ。こっちに来い。一杯おごってやる」
「おい、ヘルムート」

佐伯の制止も聞かず、ヘルムートは僕をカウンターにつれていった。
何も言わなくても、バーテンがビールを置いた。
「入隊祝いだ。一息で飲め」
1リットルはありそうな、ジョッキだ。
周りに人が集まってきた。
皆、にやにやしながら、僕が粗相をするのを待っている。

「無理をするなよ、坊や」
「お前には無理だ」
そんな野次が飛んだ。

佐伯は苦い顔で僕を見ている。
ビールくらい飲めなくて、スパイが勤まるか。
僕はジョッキを持ち上げ、一気に喉に流し込んだ。











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