「そろそろ手を離してくれないか」
そういわれて、ようやく僕は、佐伯の手を握ったままだったと気づいた。
慌ててぱっと離す。

「さっきの質問に戻るけど、君はいくつなんだい?」
「17か、8くらいです・・・たぶん」
「どっちにしろ、未成年か。まずいな」
佐伯は眉を曇らせた。

随分表情があるな・・・。
僕は佐伯の表情に見惚れていた。
結城さんの、過度に感情を抑えた能面のような顔じゃない。
佐伯には、生き生きとした、感情があり、多弁だ。
およそ、結城さんとは結びつかない。
佐伯は、動物好きで人のいい、優男の青年だ。
よく見れば美男なのに、絶え間なく動く表情のせいで、それに気づかせない。

僕も死ぬ前は、真木克彦として、なるべく目立たないように活動していた。
印象の薄い顔も、それなりにはうまくいったはずだ。
生まれつき美しすぎる僕には、ちょっと難しい課題ではあったが。

「君の服は濡れていたから干しておいた。今着ているのは僕のだよ」
「えっ」
僕は自分の格好をあらためた。白いぶかぶかのシャツを羽織っているだけだ。
毛布で隠された下半身は素足だった。
「何を赤くなっているんだ?男同士なんだから、気にする必要はないだろう」
ぶっきらぼうにいい、佐伯は椅子から立ち上がった。

「悪いけど、僕はこれから出かけなきゃならん。帰るのは明日になるだろう。それまでせいぜい養生して、自分の家を思い出してくれ。なんなら、勝手に帰ってくれても構わない。そのほうが僕にはありがたいが・・・」

「恋人のところに行くんですか?」
僕の声は震えた。
「そんなんじゃない。政治的な集会なんだ。・・・まったく、なんて眼をするんだ」
佐伯は再び眉を曇らせ、僕の顎を軽く持ち上げた。

「僕が君になにかしたか?そんな捨て猫みたいな眼で人を見るんじゃない。置いていきにくくなるだろう」
「置いていかないでください」
僕は頼んだ。
「二度と、会えなくなるのは嫌です・・・」

僕は毛布を落とした。
「おいおい、ガキの癖に色仕掛けか?」
からかうような口調。
だが、好奇心を刺激されたらしく、僕の出方を伺っている。
「からかわないで、ください。僕は真剣なんだ」

大丈夫、僕は今、自分が一番美しかった季節に咲いている花だ。
手折らない馬鹿はいない。

「僕にキスをしろ・・・」
佐伯の大きな手が、僕の襟首を掴み、僕をベッドの上に押し倒した。




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