「貴方に・・・会いたかったんです」

感極まって、泪を零しながら言うと、結城、いや佐伯は呆れたようだった。
「人違いだろう。僕は君とは面識がないし、結城さんとかでもない。第一、君はまだ未成年だろう?15?16?いくつなんだい」

妙な質問だ。
「28ですよ」
僕は答えたが、佐伯は首を振って、
「嘘をつくんじゃない。いくら日本人が若く見えるといっても、君は28じゃない」
といって、鏡を差し出した。

僕は驚いた。そこには、確かに17歳くらいの僕が映っていた。
若返ったのか・・・。僕はもともとひどい童顔だが、それにしても。
「こんなはずはない・・・」
「君は溺れたせいで記憶が混濁しているんじゃないか?ここには医者はいないが、親しくしている看護婦がいる。その人に見てもらおう」
親しくしている看護婦?
冗談じゃない。まさか、恋人じゃないだろうな・・・。
「看護婦なんて嫌ですよ、けがらわしい」
「けがらわしい?随分潔癖なんだな」
佐伯はまた呆れたようだ。
「看護婦が嫌なら、嫌でもいい。家はどこなんだい?ついでだから送っていこう」

家。
22年前に住んでいたのは日本だし、僕もまだ幼い子供としているはずだ。
帰る場所なんかあるはずがなかった。

僕の顔色を読んだのか、佐伯は、
「なんだ、帰る場所も思い出せないのか?困ったな」
言葉ほど困った様子はみせず、佐伯は軽くため息をついた。
「別段この家にいても構わないが、僕はほとんどいないけど、いいかな?」

なんとなく思うが、人の面倒を見るのは、ほとんど鳩を飼うのと同じくらいの結城さんの趣味じゃないかと思う。
それは、こんなに昔から同じだったんだ。
僕はこくんと頷いた。
子供っぽいが、今の自分には似合わしいだろう。

「それで決まりだ。悪いけど自分の世話は自分でしてくれよ。僕は鳩の世話くらいしかできない男なんでね」
佐伯という男の性格は、随分軽い。
わざとそうしてるのか、それとも、若い頃の結城さんは軽かったのか・・・。
全くの別人、てことはないだろうな?

多少不安になってきて、僕は佐伯の両手を掴んだ。
両手!
佐伯に両手があることに、なんだか感動を覚える。
「なんだい?」
佐伯はまた呆れたようだ。
僕は整った佐伯の指の形をじっと見た。
同じだ。
僕の知っている結城さんの手は、もう少し節くれてごつごつとしているけど。
特徴的な爪の形も。

「君の目は、夜の猫の眼みたいにまあるくなるんだね」
佐伯は佐伯で、妙なところに感心している。
「猫は嫌いなんですよ」
僕が言うと、
「本当に?困ったな。僕は猫を飼っているよ。3匹も」
どれだけ世話好きなんだか。

「そろそろ手を離してくれないか?」
佐伯は言った。







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