1940年、冬のベルリン。
僕は死んだ。


不思議なもので、葬儀の様子まで覚えている。
ひげの長い神父に化けた結城さんが、聖書を読み上げる姿まで。
霊魂、というものがあるのだろう。
僕は柩に納められて、土に埋められる自分の様子をはっきりと覚えている。


次に目覚めた時、僕は見知らぬ天井を眺めていた。
「ここは・・・天国?」
にしてはベッドが堅い。

「目が覚めたか」
聞き覚えのある声。僕ははっとして身体を起こした。
「結城さん?」

「結城さん?誰だそれは」
男は、30がらみの黒髪の美男で、その面影は結城さんに似ていた。
結城さん・・・じゃない?
顔が似ているのだから声が似ていても当然か。

「シュプレー川に沈んでいたから助けてみれば、日本人とはね」
「シュプレー川に沈んでいた?」
そんなはずはない。僕は列車事故で死んだのだ。あの時、確かに。
そうだ、身体・・・わき腹に鉄骨が刺さって・・・。
慌ててボタンを外すと、わき腹を見た。
傷ひとつない・・・綺麗なものだ。
「なにをしている?」
男がいぶかしんだが、僕は構わず、
「列車事故があったでしょう?ベルリンで」
「列車事故?さあ・・・聞いたことがないな」
「そんなはず・・・」
「自分で確かめろ」
男は新聞を投げて寄越した。

1918年・・・。10月。
僕が死ぬ、ちょうど22年前だ・・・。
僕が生まれて、まだ幼かった頃の年。
その年に、どうやらタイムスリップしてきたらしい。

ちょうど22年前といえば、結城さんが独逸にいた年だ。
独逸で・・・味方に売られたという噂の・・・。
年も、ちょうどこのくらいだろう。
僕は、目の前の男を凝視した。
「結城さんでないなら、貴方の名前は一体なんですか」

「佐伯零次」
佐伯。潜伏先で結城さんがよく名乗る名前だ。
「ぼく・・・僕は三好です・・・」
感極まって、僕はぼろぼろと泪を零した。

目の前の男は、確かに若い頃の結城さんなのだ。
自分が死ぬとわかったとき、唯一脳裏に浮かんだ顔が、結城さんだった。
結城さんにもう一度だけ会いたい。

その気持ちを、神様がくんでくれたらしい・・・。
神など、信じたことはなかったというのに。


「貴方に・・・会いたかったんです」





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