真島の情報のおかげで、無事スパイの特定もできて、そのやりとりの方法もわかった。証拠のメモは、透明のインキで文字の書かれた栞だった。やはり本にはさみ、指定の本をやりとりすることで、情報を交換していたのだ。
証拠を辿るうちに、英国が近々日本が参戦するであろうことを予測した文書につきあたった。日本は既に中立ではなく、敵国と目されていたのだ。
これがもし公表されれば、英国と日本の亀裂は決定的なものになり、日本が参戦すれば、戦争はより悲惨なものになるだろう。
そして、世界を敵に回した日本は・・・壊滅する。
ちょっとした亀裂でも、時間が経てばダムは決壊するものなのだ。

その文書をD機関に送ったところで、今度の任務は終了した。


俺はひとり、アパートにいた。
時計を見る。2時を回ったところだ。
真島は鳩時計のように正確に1時過ぎには帰宅していた。
どうしたのだろう。
そう思っていると、ドアが激しく叩かれた。
「神永!大変だ!」
エドワードの声だ。
「なんだ。こんな時間に」
俺がドアを開けると、エドワードが飛び込んできた。
髪の毛を振り乱し、青い瞳は大きく見開かれている。

「真島が客を刺した!」
「真島が!?」
さっと血の気がひいた。
ゲイバーにいたとき、包丁を持って乗り込んできた姿が眼に浮かんだ。
真島は頭に血が上りやすい。
放っておいたらなにをするかわからない・・・。
「なんでそんなことに・・・」
「黄色い日本人だと馬鹿にされたんだ!お前なんか売春婦の息子だと・・・それで頭にきたらしい」
売春婦の息子。
そういわれただけで、真島は激昂したのか。
つまり、図星だったわけだ。
「真島は、今どこに」
「逮捕された!スコットランドヤードだよ!」

警察。

「なにをしてるんだ?」
俺は無言で荷物をまとめ、帽子を被った。
「悪いが、警察沙汰はごめんだ。俺は姿を消す」
「なにいってるんだ!?真島が心配じゃないのか!」
「自分で撒いた種だ。自分でなんとかするさ」
「冷たい奴だな!真島を愛してるんじゃないのか!!」

背中に、あらん限りの罵り言葉を受けながら、俺は部屋を出た。
ぐずぐずしていたら警察が来る。捕まるわけには行かない。

とらわれるな。

結城さんの顔が浮かんだ。
愛さえも欺いて、俺たちは生き延びる・・・。
生きて帰国すること。それは任務のうちだ。










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