真島は真面目に働いているようだった。
夜勤なので、夜5時から12時まで、そして、1時には帰ってくる。
帰宅してシャワーを浴びた後は、どんなに疲れていても俺を抱いた。

一方、俺の任務は、王立図書館にもぐりこみ、そこでやりとりされているというスパイの証拠をつかむことだった。
それは、まるで砂漠で指輪を探すような任務だった。
図書館には途方もなく大勢の人が出入りする。
そのなかで、怪しい人間を見つけ出し、やりとりの方法を探ること。

図書館では、誰もが本を選び、閲覧し、また書棚に戻している。あるいは借りていく。
おそらく、借りる本を指定しておいて、その中にメモを挟んでおくのだろう。
疑い出せば誰もが怪しく、また、図書館という場所を考えれば、誰もが怪しくなかった。
何の証拠もつかめないままに、日にちだけが過ぎた。

そうこうしているうちに、D機関から一通の封筒が届いた。
中には写真が一枚入っていた。なんのメモも入っていない。
だが、おそらくこれが敵のスパイなのだろう。
顔がわかるのと、わからないのとでは雲泥の差がある。
俺はその顔を覚えるべく、つぶさに写真を眺めた。
中肉中背。白人。70前後。頭ははげかかっている。眼はブルーで白髪交じり。
欧米人にはありがちな鷲鼻。頬の肉がたるんでいる。
顔に見覚えはないが、もしかしたら図書館で会っているかもしれない。
サングラスや帽子を被っていれば、印象は変わるだろう。

俺はその写真を本に挟んで本棚に隠した。

それから2週間が過ぎた。
写真の人物、仮にNとして、Nはまだ現れない。
まさか、警戒して受け渡し場所を変えたってことはないよな・・・。

俺は成果が上がらないことに焦りを感じながら、帰宅した。
図書館は5時までなので、6時には家に着く。当然真島はまだ帰宅していない。
ちゃんと働いているだろうか・・・。ふと、出来心で、俺は真島の職場をのぞいて見ることにした。話に聞くだけで、行ってみたことはない。場所はわかっている。

俺はピカデリー広場を抜けて、真島の働く店<ワールド・エンド>に向かった。
遠くからちらりと見るだけのつもりだったが、やはり気になるので、ウインドーの側まで行って、木陰から中を覗いてみた。
いた。
真島はコック姿で、エプロンをしめて、誰かと話している。
店は、その客と真島と二人きりの様子だ。
客は若い白人の男だった。金髪碧眼で、髪は少し長い巻き毛。
西洋画に出てくる天使の絵そっくりだ。
俺は胸の中がざわめいた。
真島はなにを話しているのだろう・・・。
声まではさすがに聞こえない。盗聴したいくらいだ。

真島がコック帽を外した。
「なん・・・だと?」
俺はその場から動けなかった。
真島はその天使に、腰をかがめてキスをしたのだった。





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