「神永」

ある日の夜中、真島が帰ってきたとき、白いコックの姿をしていた。
「なんだ、その格好?」
俺が尋ねると、
「転職したんだ。どうだ、似合うか?」
真島は嬉しそうに、両手を広げた。
「似合わなくはないけど・・・」
「昔ちょっと齧ったことがあるんだ。それを大げさに宣伝しておいた」
「料理なんかできるのか?」
「手先は器用なほうだ」

そういえば、英国に来た時は話せなかった英語も、いつの間にか日常会話くらいはできるようになっている。
案外器用なのかもしれない。
ジゴロ以外、できないのだとばかり思っていたが。
「イタリアンなのか?」
「いや、フランス料理だ」
「できるのか?」
また、聞いてしまった。真島はなんでもなさそうに、
「これから覚える」
と言った。

いまいち、不安は消えないが、わざわざ俺のために、プライドを捨てて仕事を見つけてくれたことに対しては、素直に嬉しかった。
自分もスパイという人には言えない仕事をしている以上、人のことをとやかく言えた義理ではないのだ。
スパイの仕事の中には、ジゴロめいたものも含まれている。
俺は滅多に使わないが、色仕掛けは三好の十八番だ。
相手を燃やすには、それが一番てっとりばやい。
誘惑すること。
真島はそのために招かれた講師だったのだ。

「なんていったらいいか・・・」
俺は言葉を捜した。
真島の目が、俺を見つめている。
褒めてもらいたい、子供みたいに輝いている。

「ありがとう」
真島は俺を抱きしめた。
真島の身体からは、甘いチョコレートの香りがした。




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