波打ち際にはかもめが遊んでいた。

「どうやったんだ?」
無精ひげの伸びた、真島は少しやつれた顔で尋ねた。

「被害者と示談が成立したんだ。てっきり殺したんだと思っていたけど、そうじゃなかったんだな。かすり傷だった。あんたが大げさなことを言うから・・・」

「傷害罪で逮捕なんて、愛想をつかされるには十分な理由だからな」
胸ポケットから煙草を出すと、銜えて火をつける。

「でも、示談って金を積んだのか?金なんかないはずだろ?」

「まぁ、キスひとつってわけにはいかなかったけど」
俺は苦笑する。
真島に教えられたとおりのテクニックで、被害者はたやすく落ちた。
俺にもプレイボーイの素質はあるのかもしれない。

「キスひとつってなんだよ・・・」
真島は煙草をふかす。煙が、嫉妬に歪んだ。

「過ぎたことはもう、いいじゃないか。俺はあんたとこうしていられれば、それで」
「誤魔化すなよ。あいつに何をしたんだ?」
真島の眼が探るように俺の眼を覗き込む。
やがて、あきらめたように、
「そうかよ。まぁ・・・元はといえば俺が悪いんだし・・・とやかく言えた義理じゃないが・・・」
再び煙草を銜えると、押し黙った。

かもめがもう一羽やってきて、二羽になった。
つがいなのだろう。
互いをつつきあいながら、楽しげに遊んでいる。

「イギリスにも海があるんだな」
真島がぽつりと言った。
「島国なんだから当然だろう」
俺が言うと、
「日本と同じ、か。同じにしちゃ、随分何もかもが違うな・・・」
遠い眼をしている。
「俺は当分日本には帰れない。次の任務がある」
「そうか。どこまでもついていくつもりだったが、迷惑をかけたことだし、一足先に日本へ帰るよ。勿論、あんたの帰りを待ってる」

「・・・きだ」
波が打ち寄せた。波の音にかき消されて、声は届かなかった。
「なに?もういっぺん言ってくれよ」
真島が言った。俺は首を振った。
「一度しか言えないんだ」

夕陽が堕ちかけていた。どちらからともなく手を繋ぎ、水平線を眺めた。
帆掛け舟が、沖に出ていた。
これから、俺たちの船はどこへ向かうのだろう。
夕陽はあっという間に沈み、星が瞬き始めた。
遠くでサイレンが聞こえた。

やがて、菫色の夜が降りてきて、俺たちの姿を隠した。
真島の体重を受け止めながら、俺は静かに眼を閉じた・・・。










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