その夜、初めて瀬尾に誘われて、二人で飲みに出かけた。

<鰯頭>、駅近くにある飲み屋だ。瀬尾はバーに入ったことがないからバーがいいと言ったが、正直、俺には不似合いだし、飲むより今夜は旨いものが食べたかった。
ここは料理もなかなかという評判の店だ。何より隣の席が離れているから、プライベートな話も、仕事の話もしやすい。

「なに飲みますか?」
「うん、久しぶりに酒にする」
「あ、じゃあ、俺も、すいません、熱燗で」
瀬尾は給仕にとっくりで酒やつまみを頼んだ。

「あ、魔王を頼むよ」
「瀬尾、それ、結構強い酒だぞ、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、折角だから酔いたいじゃないですか」
「ふぅん・・・」
俺は突き出しの小鉢に入った佃煮を口に運んだ。
うまい。

「それにしても、お前、実井が男だって知ってて好きになったんだろ?物好きだな・・・」
俺は自分を棚に上げて言った。

あの日、実井は任務で東京駅にいた。女装していたのは、待ち合わせをする女性というカバーの方が目立たないからだそうだ。
俺は、寮にいたと嘘をついたのはなんでだ?と問いただすと、実井はにっこり笑って言った。
「そんなに僕の女装が見たかったんですか?」


あんな風に言ったけど、なんだかんだ女装は恥ずかしかったのか・・・。そう理解した。そんな実井が瀬尾にお姫様みたいにちやほやされて、あいつは一体どう思っているんだろう・・・。瀬尾はそんなことを考える俺に、照れながら言った。

「ははっ。俺だってあの録音を聞くまでは女の子が好きでしたよ。正直・・・かなり動揺した」
「そうなのか?」
「でも、明らかに男の声だし、波多野さんは平然としてるし、だから俺、波多野さんは男が好きなのそこでわかりましたよ」
「なっ!なんでそうなるんだよ!」
「え、だってそうでしょ?実井さんのこと好きだし」
「だから、それも!」
「違うんですか・・・?」
瀬尾の目の色が変わる。
「いや、あ、ちが、わないけど・・・」
「ですよねぇ?」

酒が来た。俺は注いだ酒を少し舐めた。うわっ・・・強い。
瀬尾を見たら、お猪口の酒をぐいっと飲み干していた。
こいつ、こんなに酒強かったんだな。
というか、俺はすっかり実井の恋人ってことになっているのか?そうなのか?実井は、なにか言ったんだろうか・・・。

「実井さんにね、カフスをプレゼントしたんです」
「カフス?」
「はい、前に買ったサファイアの原石を加工して作ったんですけど、渡したら、ありがとうって喜んでくれて・・・はぁ、俺、もう死んでもいい・・・」
「大袈裟だな・・・」
俺は小さな声で呟いた。
「え?」
「いや、なんでも。良かったな」
「はい!俺、実井さんのためなら何でもできそうです!」

「それなのに、俺が実井の恋人でいいのか?ほんとはお前がなりたいはずだろう?」
「俺が?そ、そんなのは駄目ですよ!そんなの、俺の好きな実井さんじゃない!」
「俺とつきあう実井なら、お前の好きな実井だってのがよくわかんねぇんだけど・・・」
「いいんです。波多野さんなら、許せます・・・」
「・・・?はぁ・・・」


やっぱりよくは分からない。けど、俺が思っているより、瀬尾は自分への評価が低いみたいだ。凄い奴なのにな。もっと、自信を持っていいのに・・・。


「瀬尾、お前は、俺の自慢の友達なんだから、死んでもいいとか言うなよ」
俺はお猪口の酒をぐいっと飲み干した。

フワッとする視界の向こうで、瀬尾はいつの間に酒に酔ったのか、真っ赤な顔で俺を見ていた。





































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