「とうとう話しかけたって?ラドクリフ」

「耳が早いな」
「君が彼に話しかけるのを、エヴァンが見てた」
リチャードは言った。
「どうせ、内容も聞いてたんだろう?」
ラドクリフが言うと、
「まあね。僕らも<公爵>の返答には興味がある」
「彼は気づかなかったよ」
「気づかなかった?」
「・・・いや、あえて無視したのかもね」
ラドクリフは自嘲した。

「君の好意を無視できる奴なんて、いないだろう」
リチャードが真面目な顔で言った。
「どうかな。僕の人気もパブリック・スクールの頃ほどじゃない」
「それは奴も同じみたいだぜ」
リチャードは声を潜めた。

「ここだけの話だが、奴は人を殺したことがあるらしい」
「なに?」
「それで、日本にいられなくなったって話だぜ」
「そんな、まさか」
だが、あの目つき。
有崎晃には、たしかにイートン育ちのお坊ちゃんたちにはない、野性味があった。
注意深く隠してはいるが、鋭く射る様なあのまなざしまでは誤魔化せない。

「それに、教授連中には至って不人気だ」
「あぁ、彼はノートを取らないから」
ラドクリフは言った。
「僕も最初は驚いた。英語がわからなくて、ノートさえ取れないんだと同情したよ。ところが成績の結果がでてみると、クラスで一番だ・・・学年でも」

「カンニングすれば解ける様な問題じゃないしね・・・教授連中を垂らしこんで、答えを教えてもらっているのじゃないか」
とリチャード。
「彼は教授連中に嫌われている。君が言った言葉だ」
「日本人の癖に、ドイツ語もラテン語も問題ないなんて、奴の頭はどうなってるんだ?」
「悔しいけど認めざるを得ないよ。彼は・・・僕らよりも優れている」
「なんだと?」
リチャードはラドクリフの襟首を掴んだ。

「パブリック・スクールの頃から彼の呼び名は<公爵>だった。冷やかしや嘲笑じゃない、恐れと尊敬をこめて、皆はそう呼んだんだ・・・」




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