御手洗潤一は、父親は政治家、母親は公家の出の、名門一家だった。子供のときは見捨てられていたも同然の俺とは違って、生粋のお坊ちゃんだ。
家を継ぐのを嫌って、英国に留学したものらしい。留学といっても、遊学だ。
父親には勘当も同然らしいが、外交官の叔父が面倒を見ていて、金には困らない、結構な身分だった。

一方、子爵の家柄とはいえ、没落は免れず、さらに倹約嗜好の父親の元で、厳しくしつけられた俺は、<公爵>とあだ名されながらも、経済的には厳しかった。
「有崎にはパトロンがいる」と噂されたこともある。

そんな俺が珍しかったのか、どうかわからないが、御手洗はしげしげと俺を訪ねてきては、日用品など必要なものを置いていくようになった。
罪悪感からの好意だろうが、少々度が過ぎている気がする。だが、おそらく御手洗は、自分自身そうされてきたように、人に接しているだけなのだろう。
金も名声もある男には、世間は親切なものなのだ。

「余計なことを言うようだが」
「なんだい?有崎君」
「メラニーをどうする気だ。まだ別れてないんだろう、貴様」

御手洗とメラニーはロンドンのカフェで出遭った。普通に言葉を交わし、何度もデートを重ねる上で、メラニーは結婚を意識するようになったという。
だが、御手洗は卒業したら日本に帰るつもりだ。
とても英国人の女と結婚する気にはなれないし、状況も許さない。

「別れたくても、あのとおり、承知してくれないんだ」

御手洗は哀れっぽく言った。
「メラニーはとにかく頑固なんだ。ああいう階級の女がどれだけ頑固か、君も知っているだろう?」
「そんなものは知らないし、付き合ったこともない」
「怪我が治って良かったよ。メラニーも喜んでた」

メラニーはどういうわけか、時々尋ねてきては、御手洗の話をしていく。
大概は、御手洗がどんなにメラニーを愛していて、結婚したがっているか。
そんなくだらないノロケ話なのだが・・・。
一見地味で、印象の薄い顔のメラニーが、御手洗の話をするときだけは、花のように美しく見えた。
だが、その愛に満ちた作り話は、いつか別れようと思いながらもずるずると関係を続けているだけの男が現実だとすれば、ほとんど創作といっていいほどの出来栄えだ。

俺は双方から話を聞くうちに、ふとメラニーが不憫になった。

「もう、やめるがいい」
気づいた時には、そう告げていた。


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