気がつくと、客間のベッドで横たわっていた。

「気がついたのね」
驚いたことに、先ほどの女が、介抱してくれたらしい。
「ごめんなさい。謝って済むことじゃないけど、警察は呼ばないで・・・。私、潤一さんと間違えてしまって・・・ごめんなさい」

「いいさ。何事も経験だ」

見知らぬ女に人違いで刺されたなど、間抜けすぎて誰にもいえない。
俺は痛みをこらえて上半身を起こした。
上半身は裸で、綺麗に包帯が巻かれていた。
随分手馴れているな、そう思ったくらいだ。
俺は改めて女を見た。

お嬢さん、という感じではない。看護婦か、あるいは、職業婦人といったところか。
俺より2つ3つ年上だろうと思った。
金髪を団子にまとめ、黒いリボンで隠している。
服装は地味な花柄のドレス。手袋はしていない。
爪を短くしている・・・。

俺が女の手をじっと見ているのに気づいて、女は顔を赤らめた。
「嫌だわ。タイピストなんです。名前はメラニー・クレイトン」
「有崎晃」
お互い、自己紹介が終わったところで、男が飛び込んできた。

「メラニー!人を刺したって?全くなんてことを」
「潤一さん」

男は色の白い優男で、黒ぶちの眼鏡をかけていたが、なるほど、背格好などは、俺と似ていなくもない。延ばした髪も黒い。

「ああ、どうしよう。怒ってますよね?・・・メラニー、君は帰るんだ、今すぐに」
「怒らないで潤一さん。私、衝動的に来てしまったの。そうしたら、貴方が他の女生徒と腕を組んでいるのを見て・・・思いつめて・・・アイスピックで・・・」
「どうしてそんな恐ろしい・・・!」

「別に怒ってないし、自分の不注意のせいだと認識している。謝ってもらう必要はない。勉強になった」
と俺が言うと、

「そんなわけにはいきませんよ。僕は金がないが、叔父から送ってもらえます。どうか、警察には言わないでもらえますか?」
「・・・愚劣なイギリス警察と関わるくらいなら黙秘を続ける。心配無用だ」
俺の言葉を、信じたのか、男はほっとした顔になって、

「よかった。これで安心しました。ただでさえ、この英国では僕らは犬同然の扱いですからね。イギリス娘と刃傷沙汰なんていったら、嫌でも新聞に取り上げられ、ますます肩身が狭くなる。僕は御手洗潤一。叔父は外交官をしています」
「有崎晃。一応、子爵だ」
「有先晃!知ってますよ。お名前は。確か・・・<公爵>でしょう?」

御手洗潤一は人懐こい笑みを浮かべた。








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