「確かに見た・・・翻る黒い翼を」

「黒い翼?なにを言っている」

「彼は魔王なんだ」

「夢でも見たんだろう」

ラドクリフは自分の部屋でベッドの横になり、額には冷えたタオルを乗せていた。

「授業をさぼるから驚いて来て見たら、熱を出して寝込んでいる。さらに、うわ言までいうとなれば、重症だね」
とリチャードが言った。
「本当なんだ、僕はこの目でみたんだから・・・」
「わかったわかった。明日医者に連れて行くよ。ロンドンのハーレー街の有名な精神科医だ」
「嘘じゃないんだ」
「でも、これでわかったろう?奴には関わらないほうがいいということが」

「君はなにか隠しているね。何を知っているんだ?」

「彼の後見人とかいう大佐、あれは情報局の人間だ」
「なに?」
「マンスフィールド・カミング海軍大佐。MI6の初代機関長だ。つまり奴はMI6の手先ということになる」

「だが、彼はよそものじゃない。イートン校の出身だ」
ラドクリフが庇うと、
「つまり、渡英してからの6年間、ずっと僕らの身近で、僕らのことを観察し、スパイしていたんだよ。くだらない娯楽から、交友関係から、頭の中身まで、全部。奴が授業のノートをとらなかったのは、学校の勉強なんて関係ないからだ。奴の仕事は僕達のスパイなんだから」
「君は革命ごっこをしてるから、腹が痛むのだろう」
とラドクリフ。
リチャードは皮肉に笑い、

「ごっこはひどいな。これでも本気なんだ。英国を生まれ変わらせるには、封建貴族を一掃する必要があるからね」
「そういう君自身伯爵の息子じゃないか」
「だが、僕は次男だ。何の権利もない。ただ田舎貴族として一生を荘園の管理に追われる。そんなのはごめんだ」
「荘園の管理の何が悪い?世界は今にも独逸との戦争に動き始めているというのに。あたら命を戦場で散らす気か」

「それでもここよりはましだ。オックスフォード!100年以上昔から時を止めたような退屈な学びや。僕はほとほとうんざりしていた。戦争でも起きてくれないかと、心から願っている」

「しっ。ドアの外に誰かいる」
ラドクリフは言って、目配せをした。
リチャードが扉を開けると、有崎晃が立っていた。

「お邪魔だったみたいだな」
そういって、にやりと笑った。







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