ボードリアン図書館。

「また会ったね」
ラドクリフが現れると、有崎は微かに嫌な顔をした。
「日本人と英国人は似てるよ」
ラドクリフは言った。
「気持ちを顔に表すのは、失礼だと教えられている」

「・・・俺の後をつけていたのは、やはり貴様か」
邪気も殺気もない気配だったので放っておいたが。

「僕だよ。偶然図書館に寄るつもりだったんだ」
ラドクリフは向かいに座った。
「邪魔するな」
「邪魔?図書館はみんなのものだろう?」
「・・・まぁ、いい。話しかけるな」

数時間が経過した。ラドクリフは、有崎が一度も席を立たず、トイレにも行かず、背筋を伸ばしたまま読書にふけるのに内心舌を巻いた。
ラドクリフは何度か席を立ち、身体を伸ばしては、また調べものに取り掛かった。

本をうずたかく積み上げて、資料を読み込み、ふと目を上げると、もう彼の姿はなかった。ラドクリフは思わず立ち上がり、資料はばたばたと床に落ちた。
逃げられた・・・!
ラドクリフは慌てて本を返却し、荷物を抱えると、図書館を飛び出した。

意外なことに、有崎は図書館の外で待っていた。
「有崎」
「用事があるならここで話せ。俺はもう帰るところだ」
「帰るって、ハイ・ストリートの学生寮に帰るんだろう?・・・一緒に帰ろう」

有崎は迷惑そうだったが、あえて拒否はしなかった。
夕闇が広がる中、二人は石畳の道を歩いた。

「君の事を知りたいんだ」
ラドクリフは言った。
「・・・知ってどうする」
「ただ、知りたいだけ」
「迷惑だ」
「どうして?」
「俺は一人が好きだ」

「僕も、一人が好きだよ・・・でも」
ラドクリフは躊躇い、
「こないだ、同性愛は死罪だって、話をしたろう?あれは・・・」

「俺を口説いたのだろう?・・・説明しなくてもわかる。何年パブリック・スクールに閉じ込められていたと思っているんだ?」
有崎の声は物憂げだった。
「僕は7歳の時からそこに入れられている」
ラドクリフは唇の片端を吊り上げた。
「恋愛対象は常に同性だった」
陶器のような肌。ビスクドールのような整った横顔。憂いを帯びたグレイの瞳。
常に周囲からちやほやされてきた青年特有の驕慢さ。

「貴様なら相手に不自由はなかろう。俺に構うな」
「嫌だと言ったら?」
有崎が腕を振り上げた。殴られる・・・思わず目を閉じたラドクリフの頭を引き寄せて、有崎は心臓も凍るようなキスをした。
ラドクリフは立っていられなくなり、有崎を突き飛ばすとよろめいた。
「・・・なにをする・・・」
ラドクリスは心臓を押さえながら、呻いた。
「キスして欲しかったのだろう?」
有崎は服を払い、カバンを拾うと、何事もなかったかのように去っていった。







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