「なんのことですか?海軍のスパイって」
田中の表情は変わらなかった。

「驚かないんですね、僕もさっきまでは半信半疑だったが、確信を得ました」
僕が言った。
「なんのことかわからないな」

「貴方はデッキで僕に声をかけてきた。気配を消していた僕に。それがまず一点」
僕は人差し指を立てた。
「それから、さきほど見せられたスケッチブックの裸婦。よく描けていた。それが二点目」
「裸婦がよく描けているのがどうしていけないんです?」
田中は不服そうに言った。
「なぜなら、貴方は女に興味がないからです。そういうものに、あの絵は描けない。誰か、別のおそらくプロが描いたものでしょう」
僕は中指も立てて、二本にした。
「それから、これは種明かしですが、事前に情報を得ていたのですよ。同じ船に海軍のスパイが乗っている。もしかしたら接触してくるかもしれない、と」
薬指を立てて、指を三本立てた。


「なるほど・・・種明かしをされてみれば、なんてことはないですね」
田中はにやりとした。
「誰も海軍と陸軍のスパイが仲良く食事をしてバーで飲んでるなんて思いませんからね。堂々としてたほうが、かえって目立たないということでしょう。まあ、あなたの気のあるそぶりも、なかなか真に迫っていたし」
僕が言うと、
「気のあるそぶりなんて、つれないですね。僕は本気ですよ」
田中は慌てて言った。
「何が狙いですか?僕はまだなんの情報も持っていやしませんよ」
「別に情報の交換がしたくて、貴方に付きまとっているわけじゃない」
田中はジンを口に含んで、

「僕のほうも、陸軍のスパイが同じ船に乗っている、という噂を聞いていただけですよ。貴方は地味ななりをして、隅に立ち、気配を消していた。だから、きっとそうだと当たりをつけたんですよ。僕と、同じ匂いがしましたからね」

同じ匂い、か。僕もまだまだ未熟ということだろう。

「自己紹介が終わったところで、どうしますか?」

「貴方の部屋が見たいな」
田中は言った。







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