「真木克彦さんですか。いい名前ですね」
男は言って、
「僕は田中一郎といいます。大学を休学して欧羅巴にいくところです」

大学生だったのか。もう少し老けて見える。長く伸ばした髪のせいかもしれない。

部屋の中は狭く、つくりは僕の部屋と同じだった。テーブルと椅子、ベッドがあるだけの簡易な部屋だ。
田中はお茶を入れて、僕に差し出した。
「生憎気の利いた御菓子などはありませんが」
「甘いものは苦手で」
「そうですか。それでそんなに細いんですね」
椅子に腰を下ろすと、窓にかもめが飛んでいるのが見えた。

豪華客船ではないが、そこそこの船だ。
1000人くらいは乗れるだろう。香港を経由してドイツまで行く。
客は欧米人が多いが、日本人も割合乗っていた。

「僕の絵を見ますか?たいしたものではありませんが」
田中は美術商だという僕の言葉を鵜呑みにしたのだろう。
自分のスケッチブックを差し出した。
僕は黙って受け取り、ページをくった。
日本の家屋や景色が細密に描かれている。思わず引き込まれた。
うまい。
そして、迫力がある。
美術には詳しくないが、この絵は売れると思った。

「なかなかいい。特にこの景色はいいですね」
僕は言った。
「本当ですか?」
田中は嬉しそうに顔を赤くして、鼻の下を擦った。
ページをくっていくと、最後のほうに裸婦があった。
思わず手を止める。
「そういうのがお好きですか」
田中は尋ねた。
「いえ、目に付いただけです」

僕は女には興味がない。
それでも裸婦に目が行くのは、性なのだろうか。

「女はお嫌いなようですね」
田中が囁いた。








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