「ご冗談でしょう。寝ている間にトランクを探られるのは嫌ですよ」
と僕は言った。
「そうですか。なら、僕の部屋へいきませんか」
「貴方の部屋へ?」
「ですが、寝ている間にトランクを探るのはなしでお願いします」
田中は笑いながら言った。
「水でいいですか?」
田中が差し出した水を、僕は受け取った。
「疑ってますね?なにも入れてやしませんよ。なんなら、僕が飲んでもいい」
田中はグラスを取ると、一口飲んだ。
「ほら、大丈夫」
「疑ったわけじゃありませんよ。御腹がいっぱいで」
「食欲を満たした後は、性欲を満たしますか」
顔立ちの割りに下世話なことを言って、グラスをテーブルに置くと、田中は僕の顎を持ち上げた。
「D 機関の噂は聞いていますよ。なんでも、恐ろしく優秀で、しかも美形揃いだって。満更嘘でもなかったんですね」
田中の顔が近づいた。僕は顔を背けた。
「嫌ですか?焦らさないでください」
海軍のスパイ。陸軍と海軍は情報を共有していない。むしろ、敵同士といえる。
だが、その敵の内部に協力者がいるとしたら?
なにもせずに、莫大な情報を得ることになる。
一瞬、宗像の顔が浮かんでは消えた。
「きっと、後悔しますよ」
僕は囁き、瞼を閉じた。