「寝たな」
「寝ましたね」

僕がほっとして、赤ん坊を覗き込んでいると、
「そうやってると、お前、さまになってるな」
と波多野さんが言った。
「はあ?なにいってるんですか?僕は男ですよ」
「そうだけど・・・さ」
それから意外なことを言った。
「いいもんだな、赤ん坊がいるってのは」
「はあ!?」
この状況で何を言ってるんだ。能天気な。

どういう意味だろう。
赤ん坊が欲しいなら、女性と結婚すればいい。
そうすれば普通の家庭が持てるじゃないか。
なのに・・・。
それとも、そうなんだろうか?
波多野さんは、普通の家庭に憧れているんだろうか・・・。

僕は無言で赤ん坊をひとつきりのシングルベッドに降ろすと、
「僕は赤ん坊に添い寝しますから、波多野さんはソファで寝てください」
と冷たく言った。
「え・・・そうなの?」
その言葉が意外だったらしく、波多野さんは口を屁の字に曲げた。
シングルベッド。
いつもは一緒に寝ている。一緒に住み始めてこっち。
別々に眠るなんて初めてだ・・・。

「赤ん坊をひとりにするわけにはいきませんからね」
「お前、なんか怒ってないか、さっきから」
「別に。怒ってなんかいませんよ」
「ならいいけど・・・そうだ、夕飯はどうする?」
夕飯。
いつもならもう台所に立つ時間だ。
「悪いけど、ちょっと疲れました。ピザでもとってくれませんか」
「え?ああ・・・ピザね。わかった」
波多野さんも少しは悪いと感じているのか、別に反対もせずにピザマットに電話した。
「チーズと・・・えびと・・・かに?あと、サーモンと・・・実井、お前何がいい?」
携帯を耳に挟みながら、僕に尋ねた。
「なんでもいいですよ・・・おなか、空いてるんで」
「わかった」
電話を切って、波多野さんはどたどたと近づいてくると、僕を羽交い絞めにした。
「実井・・・ごめん・・・な」
酷く言いにくそうに、波多野さんはそう呟いた。









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