ヤクザはゆっくりと立ち上がると、そばにあった日本刀を抜いた。
「おい、ガキ。捜査令状は持ってるんだろうな!?」
「現行犯だ。令状は必要ない」
「現行犯だとー?」
サングラスの向こうの目がぎらりと光る。

「蘭丸は俺に赤ん坊を見せに来ただけだ」
「嘘だ。あんたは赤ん坊を連れ去ろうとしていた」
「キャバクラのおんなどもに見せようと思っただけだ、他意はねえ!」
日本刀の先を波多野さんの顔に向け、ヤクザは唸った。

「銃刀法違反、脅迫、それから公務執行妨害、だな」
波多野さんが平然と言った。
「他人の事務所を荒らしておいて、公務執行妨害だと?貴様こそ不法侵入じゃねーか!!」
「随分とほこりの出そうな事務所だな?」
波多野さんとヤクザがにらみ合った。

その時、「おぎゃあ!!」と、けたたましくみのる、いや、キララが泣き始めた。
「ほらみろ!!キララが泣いちゃったじゃねーか!!!」
凄まじい勢いで、ヤクザは波多野さんに襲い掛かると、波多野さんはすんでのところでかわし、日本刀は壁に突き刺さった。
だが、それにも構わず、ヤクザはキララを抱き上げると、
「蘭丸!!おしめだ!!おしめを取り替えてやれ!!」
「兄貴〜手錠されてるから無理だよ〜」
「馬鹿野郎!マッポが怖くてヤクザが出来るか!!」
ヤクザは、憤怒の形相のまま、てきぱきとおしめを取り替え始めた。

「波多野さん・・・あれって・・・」

波多野さんの目は虚ろだ。
日本刀で脅してきたヤクザの豹変振りに、ついていけないのだろう。
子煩悩のヤクザ・・・。
「甘利先輩が言ってたな・・・。ヤクザは最終的にはひょうきんになるしかないって。何しろ奴らはいろいろな経験を積みすぎて、ついには人生の面白さに目覚めるんだって・・・」
「そうなんですか・・・ひょうきん・・・」
蘭丸によく似た二枚目で、髭を口元に蓄えて、かっこをつけたらそれなりに迫力もあるヤクザがおしめを替えている。しかも慣れた手つきで。

「時代は変わったな。もう高倉健の時代じゃないんだ」
「波多野さん、どんなビデオ観てるんですか・・・」

波多野さんは警官の帽子を目深に被りなおすと、
「行くぞ、実井。もうここに用はない」
と言った。


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