<思考犯罪>は死を伴わない。
<思考犯罪>すなわちそれが死なのだ。

俺はなんと言う愚か者だろう。
よりによって、福本に当てて日記を書き、ジュリアと密通した。
彼ならわかるだろう、この日記の意味を。そうして・・・。
<ビッグブラザー>をやっつけることに賛同してくれるだろう。
そんな風に考えて。

だが、日記を書こうが書くまいが同じことだったかもしれない。
<思考警察>は、俺が頭で考えたことだけでも俺を特定し、逮捕したに違いない。
心の中までは見通せない、とジュリアは言ったが、それは違う。
彼らは心の中まで見通して、俺の罪を暴き立てる。ただ、それを考えた、というだけでも。
それだけで充分、死に値するのだ。
そうして、他でもない、ジュリア・・・。

拷問の後で、福本は言った。
「君は朽ちかけている。今の君はなんだ?汚物の詰まった袋に過ぎない」
福本は、冷笑を浮かべていた。
「貴様のせいだ」
俺は言った。
「君が女と寝たのは俺のせいではない。君は充分罪を犯した」
妻でない女と寝るのは、この世界では罪だった。
快楽のために女と寝ること。それ自体が罪だった。
妻とでさえ、快楽を伴う性交は許されていない。
党の臨まないところで、快楽を貪ることは許されていない。
人のエネルギーは全て、党に対する愛国心であるべきなのだ。
人々の性的欲求不満こそ、政治を支えるエネルギーに変化するのだから。

拷問で抜けかかっていた歯を、福本は引き抜いて、部屋の隅に捨てた。
「こんなになっても、まだ誇りが残っているのか?」
「まだ、ジュリアを裏切っていない」
「そうだ、まだ君はジュリアを裏切ってはいない」
福本はにやりとした。

「全てはこれからだ。小田切」
福本の指が、俺の頬に触れた。





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